読書:日本映画、崩壊

「日本映画、崩壊」斉藤守彦・著。
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サブタイトルは「邦画バブルはこうして終わる」

エー! ここまで書いていいのー?(^ー^)と、思わず心配しちゃう辛口本音トーク。データの数値に裏付けされた事実と著者の考えが、小気味よいほどにグっと迫ります。

私は映画に詳しくはないのです。
例えば、皆さんは「シネコン」の定義ってわかります?
正直に言うと、私はよくわかってません(でした)。

そんな私のような読者にも、さりげない説明が、本当にさりげなくスーっと入ります。だから、専門的な事に触れつつも読者が離れてしまわぬような文章で、本質のところまで持っていってくれます。

邦画が好調と言われて数年経ちました。
私も、ハリウッドものよりも邦画の方がおもしろいと感じる今日この頃。

そのヒットの裏側を鋭く解説してくれていますので、映画に興味のある方も、ない方も、おもしろいと思います。また著者が本当に映画が好き!、日本映画にがんばって欲しいという気持ちを綴っていることは痛いほどわかります。

これを読むと、また映画を観に行きたくなっちゃうなー(^ー^)

この本のインタビュー記事はこちらです。

読書:メロスたちの夏

「メロスたちの夏」夜久弘・著。
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またウルトラマラソンに関する本。
前から気になっていた。タイトルがいいです。

走るきっかけは、「健康のため」か「ダイエット」が圧倒的に多い。かく言う私も中性脂肪が極端に増えてしまい、健康診断の医師の薦めで歩き始めたことがきっかけだ。

ところが、夜久さんが走り始めたきっかけがおもしろい。「逃亡だった」と書いている。

30代の半ばに体調を崩した。全身倦怠、食欲不振、頻繁に襲ってくる嘔吐感。だけど病院には行かなかった。専門会に病名を告げられるのが恐かった。そのくせまだ死にたくはなかった。病院に行く代わりに走ることを思いついた。

それから皇居を1周走ることになる。1周5km。

そんな夜久さんが、5kmから皇居2周の10kmを走り、ハーフを走り、そしてフルを走る。フルも何度か走るうちに、ウルトラマラソンに出るようになった。

ここにもサロマのことが記してある。
サロマは、他のウルトラと比較するとほとんどが平坦で、それゆえウルトラの登竜門として多くの方が走っている。

そのうえ、10回完走した人には「サロマンブルー」という栄誉があり、リピータは多い。

この本の中には、夜久さん以外の人たちが登場する。
病気を煩って(病み上がりで)「走るのは無理かな」と思う人がサロマのスタートに立ち、見事に完走まで果たす。12時間54分。最後まで諦めなかった結果だ。

私も無謀な挑戦であるが、走りたくても走れない多くの皆様のためにも、そして自分のためにも、なんとか頑張って完走したいものであります。

読書:泣いて笑ってウルトラマラソン

「泣いて笑ってウルトラマラソン」笹原秀計・著。
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今年も6月のサロマウルトラマラソン100kmに申し込んでしまった。

普通はフルマラソンをそれなりの記録で完走して、さぁ、次はそろそろウルトラも走ってみますか、という流れになると思う。

しかし私の場合は、「北海道旅行」のつもりで「応援に行きます」と言ったのがはじまりで、「せっかく行くなら走ってみては?」という言葉に、それもそうだなと思ってしまう。

「50kmに申し込んでみようかしらん」と決意が固まったころに、「せっかくだから100kmに申し込んで、それで50kmで止めてもいいんじゃないの?」という先輩の言葉に、まんまと乗せられた格好で出場してしまったわけ。

案の定、、、60kmの関門に間に合わずに無念のリタイア。
リタイアしてみると、それまで100kmなんて途方もない距離だったものが、妙に悔しくなってきた。それで今年も申し込んでしまった。いまだフルマラソンもそれなりの時間で走れていないにも関わらず、だ。

その大会まで、あと3ヶ月を切った。
必死で練習する期間は2ヶ月(を切った)。

いまさら、何が出来るのだろう。
シューズを新調するか?
瞑想するか?
・・・
とにかく、本を読むことにした。

この本では、「サロマ100km」から始まり、「熊野黒潮130km」、「秋田内陸100km」、「山口100萩往還マラニックの250km」、「チャレンジ富士五湖117km」、「四万十川ウルトラ100km」、「えちごくびきの100km」に出場する経験談が書かれている。

はじめにウルトラを走り始めるきっかけとなったMさん、Hさんという仲間を紹介している。2人よりも練習量が多いのに、フルマラソンでは記録が出ない。良きライバルであり、良き仲間であったのでしょう。そんな思いから、サロマを走ることになったらしい。

そのHさんが、42歳の若さで亡くなってしまう。
四万十ウルトラでは、Mさんとともに、Hさんの写真をゼッケンに貼付けて走る。途中で「おにぎりがなくなる」(エネルギー不足に陥る)などとのアクシデントに見舞われ、何度も走るを止めそうになるが、Hさんの事を思い走り続ける。

たかがラン、されどラン。
走る人には、走る人ごとのドラマがある。
6月のサロマにも、さまざまなドラマが集まる。

元気を頂きました。ありがとうございます。
サロマ直前に、もう一度、読もうと思います。

読書:ゆるめてリセット ロルフィング教室

「ゆるめてリセット ロルフィング教室」安田登・著。
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長い距離を走っていると、「力を抜く」ことの重要性に気づき、どうにかして、その変な力を抜きたいと思っていたところ、この本を見つけて読んでみました。

帯には「この方法で不思議なくらい腰痛が消えた!」とありますから、期待が膨らみます。

最初に「呼吸法」にふれています。
「深く呼吸」する際に、最初は吐くのだそうです。吸うのではなく吐く。

だから、スーハーじゃなくて、ハースーなんですね。
読みながらやってみますと、吐き出すと吸おうとするのが自然の流れなことがわかります。

きっとヨガとかティラピスとか、いろいろなもので、呼吸法を大切にしてると思います。意識せずともやっている呼吸が、実は奥深いのですなぁ。

自分で出来る「ゆるめる方法」が書いてあります。

いくつかは、ジムでやっていたマットピラティスに似ています。マットピラティスをすると、ゆっくりじっくりした動きなのに、翌日は身体のどこかがスッキリしました。やっぱり「力を抜く」ことが大事なのですねー。

ところでジムは、そのマットピラティスの時間帯が変更されてしまって、それ以来行ってないのです。久しぶりに行ってみようかなぁ。

読書:40歳からの本を書く技術

「(ビジネスマンのための)40歳からの本を書く技術」三輪裕範・著。
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著者は、自費出版ではなく商用の本を書くためのノウハウを書いています。
普通のビジネスマンが本を書くことなんて、ちょっと想像出来ませんよね。「そんなの無理じゃん?」という思いから書店で手にとったら、おもわず読んでしまった本。

この本を読んだ人のうち、どれだけの確率で実際に商用ベースに乗る本を書く可能性があるだろう? 10%もいないと思う。数パーセントいるか/いないか。ひょっとするとゼロという可能性もある。

だとしたら、著者(と出版社)だけを儲けさせtることになっちゃうなぁ(^ー^)。

無理は承知で読んでいると、なるほど、こういう切り口でいくと、それも有りかもと思わせる辺りはにくい。

例えば、テーマ(企画)を考える上では多読を進める。その中から自分らしいテーマを選ぶ方法、ただし、そのテーマが「売れる」企画でなければ、出版までたどりつけないこと、書いた後の売り込み方法まで、手の内を見せて書いてるところは評価したい。

ただ、自分なりのテーマを見つけて、それについて調べた後、本というものにするための組み立て方をもう少し詳しく書いて欲しかった気はする。

実際に本を書く/書かないは置いといて、現代ではブログ、メール、ほか、、、文章を書く機会は多い。そのためのノウハウと割り切って読んでみてもおもしろいと思う。

読書:頭は必ず良くなる

「頭は必ず良くなる」日垣隆・著。
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このタイトルはグッと来ます。
この年齢になって、いまさら、、、ですけど、いくつになっても「頭が良くなりたい」んですかね。ということでタイトルに惹かれて読みました。

内容は全編、会話形式。
著者の日垣氏が、次の各氏にインタビューをしています。

(敬称略)池谷裕二、岸本裕史、佐藤達哉、和田秀樹。

この年齢になって「頭が良く」なりたいと思うのは、学生のように試験に合格したいという事ではなくて、ビジネスで閃きたいとか、ボケたくないとか、前向きだったり後ろ向きだったり、さまざまな動機があります。

■池谷裕二さんは、
「記憶能力は小学生がピーク」としていますが、「頭の回転は年の功」の中で、

今までバラバラだと思っていたことについて、共通点が見出せる。年齢を重ねると、そんな能力が高まってくるのです。

「脳は使うほど性能が上がる」というタイトルも、うん、今からでも良いのだ、なんて元気になったりします。

■岸本裕史さんは、
「見える学力と、見えない学力」というタイトルで(同タイトルの書籍がベストセラーになっているようです)「見えない学力」は、

まず一番大切なのは、躾です。三歳児くらいのうちから、朝起きたら寝巻きの後始末をきちんとさせましょう。

■佐藤達哉さんは、

IQの数値は妄信しない

これを読むと、IQの数値にお母様方が翻弄されることはなくなるだろうと思います。

■和田秀樹さんは、

60年代の中ごろから80年代の中ごろは、世界的に「子どもを自由にしよう」という気運がある時代でした。(中略)日本で受験戦争が起こっていた時代に、欧米では逆に子どもを自由にしていった。そのときに不思議な現象が起こりました。ルールがゆるくなったのですから当然ですが、欧米では少年犯罪が増えてしまったのです。子どもの自殺率もものすごく増えました。(中略)
思春期という混乱期に子どもを自由にしてあげたい、という考えはわかります。しかし大人が何の課題もルールも与えなければ、かえって子どもは精神的に不安定になったりストレスを感じたり、あるいはルールが身につかないがために犯罪に走ってしまう傾向が強くなるでしょう。

子育て最中の親御様にもお薦めしたい本。私は子どもはいませんが、社員教育の、何かのヒントになる気がします。特に私が最近、困惑している「ゆとり教育世代」への対応のヒントになる気がしています。それと、私自身も、まだまだ捨てたもんじゃないかなと(思いたい)。

読書:つきのふね

「つきのふね」森絵都・著。
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今、お気に入りの作家・森絵都さんの本。
1998年に第36回野間児童文芸賞を受賞した作品。

2009年の今、50歳を目前にしたオバサン(私)が読んでも、グイと引き込まれる作品。

主人公は中学生。
中学生、高校生にも読んで欲しいが、大人が読んでも、いろいろ考えさせられる。

万引きを繰り返していた仲良し女子中学生2人が、ふとしたことから疎遠になってしまう。そこにからんでくる勝田君、そして万引きを逃がしてくれた智さん。智さんは、ある乗り物の設計図をかいているというが、、、。

傷つきやすい年頃の、ふとしたことで、違う道を進んでしまうその頃を、見事に書いている。途中は言いようもない、悲しい気持ちになりながらも、この作家の作品は最後に明るく読み終えられる点が特徴だと思う。読んだ後の、後味が良いというのは、また「次」の作品を読みたくなりますよね。

読書:宮崎アニメは、なぜ当たる

「宮崎アニメは、なぜ当たる」斉藤守彦・著。
サブタイトル:スピルバーグを超えた理由
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映画アナリスト/ジャーナリストである著者・斉藤氏は私と同じ日生まれ。

家庭にテレビが入った最初の世代(だと思う)我々は、映画よりもテレビで育った。そんな中で著者が映画の世界に引きずり込まれた理由が「まえがき」にある。

13歳の少年は「日本沈没」と「グァム島珍道中」の2本立てを友人と映画館で観た時に、衝撃的な体験をする。映画館の人口密度の高さ、人、人、人…。そこに集う大勢の人達がスクリーンに集中する様、そして緊張感。テレビとの違い、そこに映画の持つパワーを見ます。

本は年代順に書かれています。
最初の章は「1988」ー「となりのトトロ」「火垂るの墓」「太陽の帝国」から。

作品の概要と、その時代背景、当時の日本映画のおかれた状況、制作費と興行収入、宣伝の仕方、あらゆる角度から見ていて、映画ファンにはたまらないのはもちろんのこと、私のように、映画に詳しくない者もドンドンと引き込まれます。

その当時に斉藤氏が予想したヒット感、その当時に斉藤氏が書いたものなどを照らし合わせて読むと、映画に対する愛情とその深さがあちらこちらに見えます。

私は宮崎駿監督の作品を、申し訳ないが映画館で観ていません。テレビで放映されたものを観る程度でおりました。それでも、結構な作品を観ていることを改めて思います。しかし、しかし、しかし、、、この本を読みますと、もう一度、その作品をシッカリと観てみたいと思います。

最後の章は「崖の上のポニョ」の公開前で終わっています。
あーーー、続きが読みたい!!!
この作品の公開を、斉藤氏はどう見たのでしょうか。
宮崎監督とスピルバーグ以外の作品を斉藤氏はどう見るのでしょうか?

斉藤氏が書いたものは、ネット上の「日本映画、疾走」でも読むことが出来ます。
現時点の最新は第28回です。

ネットはネットの楽しさがありますが、是非、この本を読んでみて欲しいです。深い内容であるのに、文章は読みやすく、読んでいて楽しくなる、お薦めの1冊! 斉藤さんの文章を読んだおかげで、最近、実に何十年ぶりに(!)映画館に足を運んでおります。

私が行くのは(会社から近いという理由で)新宿バルト9でして、最近はネットで座席指定が出来るようになり、私が若い頃の、あの立ち見をしていた時代から考えると、ゆったりと楽しく見ることが出来ます。いい時代になったものです。

読書:編集者という病い

「編集者という病い」見城徹・著。
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だいぶ前に買って積んであった。
読み始めたら、グイグイ引き込まれて、読みながら元気になる本。

ところで「編集」という仕事って何だろう?って思いますよね。
以前、同級生の、詩人でエッセイストで小説家の友人・白石公子ちゃんと話をしていた時に「編集者」とのやりとりがチラリと、本当にちょっとだけ出て来たことがあります。たいした話をしたわけではないけれど、その時に「本というのは、作家一人の仕事ではない、良き作家には良き編集者がいる!」と感覚的に思いました。とはいえ、それで編集者の仕事を理解したわけもなく、いまだに私の中では謎な職業だったので、書店でこの本を見た時におもわず買った次第です。

それに帯には「顰蹙(ひんしゅく)は鐘を出してでも買え!!」ですからね、おもわず手にとっちゃいますよ、これは。

見城氏は「幻冬社」の創業者。
廣済堂書店から角川書店に移り、次から次へとヒットを飛ばす見城氏。

そして、「幻冬社」を創立する際には、「失敗する」と全員から言われたが、それを成功に導いた。その内側を、この本を読んで知る。

対談のページに、小松氏が

同世代の作家と一緒に語り合って、「また書きたい」と思うことはなかったですか。
なかったな。彼らと会うごとに、彼らの作品を読むごとに、分かってきてしまうんですよ。彼らの書くものには、書かなければ救われない「何か」がある。上手くても下手でも、強い祈りが込められ、膿んだ傷の感触がある。癒すことのできない痛みがあるから、表現をする。僕にはそれがなかった。だったら僕は、書くことより、ほとんど無名のこいつらをプロデュースしたほうが面白い。そう思ったんです。

見城氏は、「この人」と思ったら、とことん付き合う。尾崎豊と出会ってからは彼の事務所の設立に(会社員という立場であるにも関わらず)奔走する。坂本龍一と毎晩のように飲み歩き、アカデミー賞受賞の時には、その場でともに喜びを分かち合う。村上龍と一緒に1週間泊まり込みのテニスを何度もする。そこまでやるか、と思うほどのことをする。

パワフルな行動の裏には繊細な、こわれてしまいそうな繊細な内面もある。

小さいことにくよくよするな!なんてウソだ。小さなことをくよくよせずに、大きなことをプロデュースできるわけがない。小さな約束も守れない奴に大きなことができるわけがない。

ここまでするか、という想いと、ここまですれば何か出来る!という元気のようなモノに満ちあふれた本。パワーをお裾分けして頂いた気分。

読書:「奇跡」のトレーニング

「「奇跡」のトレーニング」小山裕史・著。
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以前、ブログにコメントを頂いて読んでみた。
小山氏は「初動負荷理論」を発表した方。

従来の「筋トレ」や「ストレッチ」はよくない。
筋肉が付きすぎて、むしろ怪我をするリスクが高くなることなどを説明している。

そうかもしれないと思う。
実は、私の弟もそんな事を言っているし、筋肉がつき過ぎて、例えばマラソンには不向きだなと思う方もいらっしゃる。

初動負荷トレーニングを行う「ワールドウィング」には、トップアスリートも通うようだ。そこには専用のマシンがあって、トレーニング方法を導いてくれる。

本を読んだだけでは、何をどうしていいのか、正直わからない。
それは「ワールドウィング」に行くことで解決するのかもしれないが、何か、もう少し、わかりやすく説明してもらうとありがたいのだが…。

そんな折り、初動負荷トレーニングを取り入れているイチローが来日していて、TVで見ると、そのしなやかな動きは実にすばらしいし、あのようになれたらと思う人は多いと思う。

従来の筋トレではない、なにか、、、何かを取り入れたいとは思う。実際にどうしたらいいんだろう・・・?