自宅跡地(2012年3月)

会社はお休みを頂いて、気仙沼におります。
やっぱり、また自宅跡地に足が向きます。
震災後、早い時期に取壊されて、こんなになってからほぼ1年が経ちました。

「こんなに狭かったかな?」なんて眺めて、ここが玄関で、こっちに入って、トイレがあって、、、なんて考えていたら、とうとう、悲しみがこらえられなくなってしまった。

この1年「絶対に泣かない!」と決めていました。
でも、今日はとうとう涙がポロリ。

台所があった場所、ジッと地面を見ていたら、すり鉢のカケラがありました。
母が大事にしていたすり鉢。
母は、いろいろなものをすりおろして料理してました。

これで、ずんだも作ったね。ゴマもすったし、いろんなものをすった。
このすり鉢に、母の嫁としての人生がしみ込まれています。

近くにあった青い陶器のかけらは、いつも使っていた小鉢。
それを手にとったら、もうね、たまらない気持ちになりました。

私たちは後世の人のために、どのような町を作るべきなんだろう?

魚町に数軒だけ残ったお宅に人が住んでいます。
夜はさぞ暗いでしょう。

それでも、海のそばがいい。あんなになっても海が好きと。
もちろん、そう思えない人もいます。
それでも、ここが良いと思う人もいる。

魚町。
こんな状態になっても、我がふるさと。
私も、ここに戻って来たいと思う一人なのであります。