中学・高校の日本史では、近代史は駆け足だった。第二次世界大戦にいたる経緯はよくわからぬまま、戦後については学校で学んだ記憶がほとんどない。そんな私に、その部分をしっかりと補ってくれた。
私の父は終戦時に小学校6年生。母は3年生であった。
父は戦後、最後の旧制中学校に行き、母は小学校4年生に進む。母の記憶によると「授業は毎日、教科書に墨を塗ること」だったそうな。母は戦前の教育をしっかりと否定された。中学生の父は、割とまともな授業を受けていたように思う。英語などは進駐軍と話すという使命感に燃え、漢文やリルケの詩集などもしっかりと暗記している。その差は案外と大きい。
実家は祖父母も同居していたので「明治の教育」が残った。就寝前には正座して手をついて、祖父母に「おやすみなさい」と挨拶してから寝室に退いたし、風呂の順番は祖父からと決まっていた。戦前の日本には、そういうことが普通の生活としてあったのだろう。
しかしながら祖父が亡くなると、我が家も途端に昭和の生活に突入した。
以前はアメリカ文化はすばらしいと思っていた。すばらしい文化はある。けれど日本にもそれまでのすばらしい文化がある。終戦(敗戦)によって失われたものを見つめ直す時期に来ているかもしれない。
聖徳太子の「十七条憲法」は「和を似って貴しとし、」から始まる。私達は不思議なほど「和」という感覚に自然に入っていける。会社もそうだ。それほど日本人のDNAに深く書き込まれているのか。