「私はこうして受付からCEOになった」カーリー・フィオリーナ・著。
HP(ヒューレット・パッカード)社の元CEOカーリー・フィオリーナの自伝。
「受付から…」これは邦題タイトルで、元々のタイトルは「Tough Choices」。その方がしっくりくる。邦題はちょっと・・・という感じはするが、書店ではその方が目に止まったことも事実。
たしかに最初は受付をした事は書いてあるが、それはサラリと通り過ぎる。
彼女ほどの人であっても、スタンフォード大学を卒業する頃は、
両親を喜ばせいい成績をとることが、それまでの私の人生のすべてだった。ところがそれ以上のことになると、何も思い浮かばない。目標もなければ、進むべき方向もわからない。
日本の若者の多くがそうであるように、彼女もまた、そのように目標を見いだせずにいた。社会人のスタートなんて、そんなモンじゃないかと私も思う。
そして悩んだ末に、両親を裏切る形で一歩を踏み出す。
カミュはたしか、こんなことを言っていたと思う。「しあわせになりたかったら、他人のことをあまり気にかけてはいけない」
カーリー・フィオリーナは、アメリカにおける大企業にあって、初めての女性CEOであった。そして美しい容姿とともに注目の的であった。多くの女性は彼女にあこがれ、そしてHP創業家との確執のようなことをさかんに書かれた。
彼女には幾多の困難がふりかかる。
それに屈せずに前に進む姿はすばらしい。それは誰もが認めると思う。
ただ、私は本を読みながら、少しだけ、その困難に向う内面的な悔しさ、悲しさを多く書くことは不要ではないか?と思った。そういった事を排除した(あるいは最小限にとどめ)、CEOとしての実績やそれをどのように決断したのか、といったことにフォーカスして欲しかったという感想。
特に一番書きたかったであろう、最後のCEO解任の一幕は読んでいるこちらも悔しい思いになるが、相手から見れば、また違った見方があるわけで、どうしてそのようになってしまったのか、客観的な視点での実際を知りたいと思った。それは本人以外の人が書くことかもしれないが。
「生き残るのは最も強い種でも最も賢い種でもない。最も変化に適応した種が生き残るのだ」—カーリーはこの言葉を好んで引用したという。
「先送りは何もしないのと同じこと」「失敗は遅すぎる決定に勝る。失敗からは学ぶことができる」「いちばん危険なのは、逃げ出すこと」
それにしても、アメリカであっても、女性が企業のトップになることがこれほどまでに困難であるということは、日本はまだまだなのだろうか?
2009年現在、日本における上場企業の役員の割合は極めて低い。
先駆者は様々な困難があるだろうけれど、それを乗り越えて、「女性社長」などと、いちいち「女性」と書かれることがなくなる日が来ることを願う。