第30回 ねりま光が丘ロードレース(10km)

「第30回ねりま光が丘ロードレース」の10キロの部に出場しました。

滅多に10kmの部には出ないのですが、来週はつくば(フル)があるので、走り過ぎないように慎重になってみました。

昨日は大雨。さぁ〜て、今日はどうでしょう?
あら、起きてみると雨はあがっていました。
それどころか、会場に向って電車に乗っていると、ドンドン気温が上がっています。

今日の会場は自宅から近いです。
丸ノ内線の「中野坂上」から大江戸線に乗って17分の「光が丘公園駅」下車ですから、楽です。助かります。

駅を降りますと、ランナーとおぼしき方々が会場に向って歩いています。いちょう並木が美しいですね。

本日のゼッケン番号は「2330」。

女子40歳以上の部に並びます。
うっかり、前の方に並んでしまいました。これは失敗。
あららと思っていると、知人に会いまして、話しているうちに列から出ることも出来ずにそのままスタートするか。

9:30 start!
本日、ここに立てたことに感謝します。

スタートとともに、トラックにダーっと走り出します。
前の方に並んでしまったため、まわりに歩調を合わせたら、速く突っ込んでしまった。これは最後まで持つまい。

心配通りで、その後、徐々に遅くなったものの、1キロの地点で時計を見ると4分30秒ぐらいですから、これは速すぎる。その後からは、もうメロメロですよ。

この大会には、2007年11月にハーフの部に出場したことがあります。
ハーフは周回コースを4周か5周します。
途中から飽きてしまって、当時は、ハーフが2時間7分ぐらいでしたっけ。

今日は10キロですから、飽きることもないでしょう。

気温は上がっているようです。
この時期に半袖のおだづなよTシャツで出場。天気予報では23℃まで上がるとか。

10キロを50分切りというのが一つの目標ですが、1キロごとに距離表示が出ていて、確認すると5分強になっているから、あ〜、これはまた目標には届かないなぁと心が折れそうです。

あと少し速くなるのは、どうしたらいいのでしょうか?

10キロの部に出場するのは、毎年、気仙沼大島の「つばきマラソン」だけでした。
今年のつばきマラソンは中止になり、来年の開催も無理ではないかと思うので、今日は精一杯走りたい。

つばきマラソンは、アップダウンが厳しいが今日は平地です。
本来なら自己ベストを大きく更新してもよいと思うのだが、、、。

ヒーヒーゼイゼイ言いながら、やっとゴール。
手元の時計の記録はこちら。
5km:25:06
10km:25:36
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合計:50:43(正式記録は50:44でした)

かろうじて、自己ベストは更新しましたが、なんとも、あと1分を縮めたいのだがなぁ〜。

10キロの部が終わる頃に、ハーフのスタートです。
スタートを見ておりました。人の走りを見るのも楽しいものです。

本日の参加賞はバスタオルと、ハンカチタオルでした。

読書:気仙沼に消えた姉を追って

「気仙沼に消えた姉を追って」生島淳・著。

生島さんのお姉さんは、あの大震災で行方不明になってしまった。
私は、生島さん兄弟をTVなどで存じ上げていたが、実際にお会いしたことはない。それが、あの震災の折りに、ツイッターを介して、淳さんと直接、連絡を取ることになった。

あの時・・・

私達は、身内の情報を求めて、ネットをくまなく検索していた。小さな情報をも見逃したくはなかった。TVを付けながら、パソコンに向って、ツイッター、mixi、Google Person Finderを行ったり来たりしていた。

少しずつ情報が出て来て、安堵する者、落胆する者、そして、いまだ消息がわからずに辛い日々を過ごす者。あの思いは、まるで昨日のことのように覚えている。生きた心地がしない、それがどういうことか。今、思い出しても胸が詰まる。

あれから8ヶ月が経った。

生島さんのお姉さんは、DNA鑑定によって見つけ出された。
「お姉さんらしき人が見つかったらしい」という情報が入った頃にも、たまたま、お会いしていて、その時のご様子もまた、思い出される。

見つかって安堵する気持ち、そして、もう戻らぬという深い悲しみ。
言葉を発せずとも、その思いは強く感じた。

この本は、そういった生島家のことだけではない、気仙沼という土地柄を実によく描いていて、読み始めたら、最後まで読み切るまで本を閉じることが出来ない。

斉吉商店さんの話には、気仙沼の廻船問屋のことが、昭和の、気仙沼が最も輝いていたであろう栄華の日々を垣間見せながら、そのしきたりとでもいうのだろうか、気仙沼に住んでいても意外に知らぬ人も多かろう事も書かれていて、奥の深いものになっている。

生島家が気仙沼で生活するようになるいきさつについては、(生島家だけではなく)「気仙沼というところは商売になるらしい」ということで、色々な地方から人が寄り着いたという話は、伝説のように聞いていたが、実際に活字で読むのは初めてかと思う。

淳さん、書いて頂いてありがとうございます。

多くの人に読んで頂きますよう、書店にございましたら、お手にとってご覧ください。そして、出来ますならば、お買い求めくださいませ。

私達は、なぜか気仙沼という太い糸に引き寄せられたようです。
いま私は東京に暮らしているけれど、どこに住んでいても、気仙沼に思いを寄せる出身者は実に多いのです。それぞれが、それぞれの立場で出来ることを、これからも続けていきましょう。

この本は、私の宝物の一つになりそうです。

映画「無情素描」

18時過ぎにメールチェックすると、横浜の弟からのメールを発見。
人間ドックに入っていて、チェックが遅れました。

「震災後の気仙沼を映した映画「無情素描」が、今日だけ上映される」とな。
「一緒に行かないか?」とのお誘いだが、時計を見ると、あらら18時過ぎている。映画は19時開始。

迷う暇もない。すぐに外へ出る。
参宮橋駅近くの「国立オリンピック記念青少年総合センター・小ホール」へゴー!

参宮橋で弟と電話連絡を取り合い、一緒に会場へ。

映画「無情素描」大宮浩一監督の作品。

その映画は、4/28〜5/4までの気仙沼。
ちょうど、同時期に私も気仙沼に参りました。その時の記憶が鮮明に思い出されます。

玄侑宗久さんのお話、そして「お経」。

インタビューもあります。
これ(気仙沼弁)、字幕無しで皆さんに通じているのでしょうか?(^ー^)

気仙沼市内を映してはいるのですが、どこなのか説明がないので、出身の私でもちょっと迷うほどです。ガレキの山が続いて、そこがどこなのかわからないのです。

そんな中、マルキの魚市場前工場がチラリと映りました。海から撮影したのですね。あの当時、あの地帯は通行止めで行くことが出来なかった。

三春町の福聚寺(ふくじゅうじ)住職で作家の玄侑宗久さんのお言葉は実に興味深いものです。
「自然とどう共存していったらいいのか」日本中が模索しているけれど、「不安をかかえながら生きていくぐらいが調度いいのではないか」と最後に述べているのは興味深い話です。

お経を聞いていて、あの日に亡くなった大勢の方を思って、心で手を合わせました。
「無情」という言葉。心にしみます。

映画の中に出演していた医師は、長尾和宏さんのようです。
ネット検索して、辿り着きました。
長尾医師は開業医であったため、GWを利用しての旅だったのですね。

そして、気仙沼出身の小野寺英孝さんという医師は、聖マリアンナ医科大学から医師団として救護にあたっていたようです。

映画の後には、対談がありました。
NPO法人NICEさん」は、陸前高田で、今もボランティア活動を続けているそうです。

出身でありながら、何も出来ない私、
もどかしい思い。
形に出来ないむなしさを抱えたまま歩いています。

そんな気持ちを押さえつつ、映画の後は、弟とダンナと食事をして参りました。
ロシア料理の「マトリョーシカ」の
「つぼ焼き」でございます。美味しうございます。

1泊人間ドック(2日目)

1泊人間ドックの2日目は、朝から検査・検査ですが、「胃のレントゲン」は、果たして「胃カメラかどうか?」それが一番の心配でしたが、バリウムでした。ホッ…安堵。その前に、初めての「直腸の検査」。これは恥ずかしい。でも、これで病気が見つかるならばとエイ。

すべての検査が終了すると昼食を頂いて、午後には結果説明です。

結果は、健康!

一つ一つ丁寧に結果を見せて頂いて、胃のバリウム検査の結果は、何枚もスライドを見せられて、「悪い場合はここにこういうのが出来るのですが、何もないですね。ハイ異常なし」ってな感じで「これも異常なし」「こちらも問題ないです」と続きます。

例年の健康診断よりも、細かい数値が出ていて、ヘェーと感心しました。

健康だからフルマラソンを走れているのか?
フルマラソンを走っているから健康なのか?

食生活と適度な運動、そして睡眠。

語り尽くされてはいるキーワードだが、こういう事を守って続けるのが案外と難しいもんですよね。
来年も健康でありますように。

1泊人間ドック(初日)

1泊の人間ドックです。
1泊してまで何を調べるのだろう〜と不安に思いつつ、会社では50歳になったら受診することにしまして、その第1号が私です。ビクビクしながら参りました。

婦人科のオプションも付けました。

受付を済ませると、宿泊用の部屋に案内されました。そこはビジネスホテルのシングルルームのような作りで、中にシャワー付きお風呂もありました。タオルやシャンプーなどのアメニティなど必要なものは揃っています。

そこに荷物を置いて、さっそくスケジュールに沿って、あっちの検査、こっちの検査。
そして、検査が混み合っていると部屋で待機など。

お部屋にはTVもあって、暇なので、横になって見ていると知らず知らずのうちに寝ていました。
電話で呼び出されて眠い目をこすりながら、次の検査や説明を受けます。

昼食はお部屋で一人寂しく頂きましたが、内容は充実していて美味しかった。

私以外の宿泊ドックの方は皆さん男性だったので、ほとんど口もきかずに淡々と検査をこなしております。こんな時、女性同士は、ペチャクチャと情報交換するのだがなぁー。

これは夜は暇だなぁー。パソコン持ってくれば良かった。
2冊持参した本はすぐにも読み終わりそうです。

Yammer:日本語の設定

会社内で使うSNSを3つほど試している。
Talknote
chatter
Yammer

どれもシンプルで使いやすいですが、明日は、また別のものを試すようです。

この中で私が気に入ったのは「Yammer」です。
ワーキンググループで利用したりしているんだけど、グループの中に「page」を作る機能はいいと思っています。

Yammerのメニューは英語表記なんだけど、それを日本語に変えることが可能。

ログイン画面で、「日本語」をクリックする。

そうすると、その下の方にある「About Us」」なども日本語表記の「会社概要」になる。
その状態(日本語表記の状態)でログインすると、メニューなどが日本語になります。

つながり…

「気仙沼を元気にする会」が終わって、関東に住む、特に私より若い皆様が「同窓生で集まろうよ!」という空気が増えているそうです。

実際に集まる前に、Facebook や mixi で呼びかけて、少しずつ、その輪が広がっているそうです。そんな報告はとても嬉しい。

一人の力はとても小さいけれど、集まることで大きな事を成し得ることもありましょう。
今は故郷を離れているけれど、故郷を思う気持ちは同じです。
気仙沼、そして被災地は、これから寒い冬を迎えます。

気仙沼サポートビューロー定例会

これまで「気仙沼ビューロー」という名前で月に一度集まって、勉強会をしたり、情報交換をしていた会は、このたび(先月)「一般財団法人 気仙沼サポートピューロー」として登記をして、再スタートをいたしました。

その定例会が飯田橋のルノアール会議室にて行われました。

被災した気仙沼そして、その周辺に、私たちのように故郷を離れた者がいったい何が出来るのだろうか、何をしていくべきなのか。

本日も色々な意見が出ましたし、新たな、若い!参加者が増えました。
ご興味のある方はぜひ、ご連絡ください。

第21回 坂東市いわい将門ハーフマラソン大会

第21回 坂東市いわい将門ハーフマラソン大会」に出場しました。

つくばエクスプレスに乗って「守谷駅」で下車。
守谷駅の西口にて貸切バス(往復1,000円)に乗って、案内では40分とか45分とか書いてありましたが、朝はスムーズで35分程度で会場に到着しました。

この大会は、以前から出てみたいと思っていた大会です。
でも、少し遠いかな?と思って敬遠していましたが、今年はエイっと出場することに。
6時20分頃に家を出て、8時半ぐらいには会場に到着しました。

この貸切バス、他の大会ではギューギューに詰め込まれて立って行ったりしますけど、今日はそんなことはなくて、空席が少しあっても、その時刻の電車に合わせて2台のバスに選手を乗せて出発でした。これは嬉しいです。おかげさまでバスの中で、持参したおにぎりを食べたり、眠ったりとゆったり出来ました。とても好印象です。

会場に到着すると、このノボリがたくさん立っています。

バスが空いていたので参加人数が少ないのかしら?と思ったら、なんのなんの、受付には列が出来ていました。それでも女子ハーフの部の受付は混んでいないし、スムーズです。

ゼッケン番号は「4290」、一般女子50歳以上の部です。

荷物預けと女子更衣室は「八坂総合公園陸上競技場」の建物を利用させて頂きました。

予定より少し早めについたので、ゆっくりとアップジョグを。
いかん、身体が重いです。
と申しますのも、やはり練習量が減ってしまって、体重が少し増えたのですね。それがズシリときております。

今日は「記録」よりも「完走」と、胸にも背中にもつけた「気仙沼」の文字に恥じぬように走りたい。

ま、アップはこのくらいにしてスタート位置に参ります。

ゲストランナーは「有森裕子」さんです。
10キロの部を走るのだそうです。
有森さんの「皆さん、関節とかちゃんとまわしましょうね」の声に、皆が一斉に身体をグルグル動かしたのには、思わず笑っちゃいます。いえね、私もその一人ですけど(^ー^)。

スタート位置は、「1時間45分から2時間」と書いたプラカードのところに並びました。
2時間は切りたいわーと欲が出ちゃったりして。

今回は出場者が500人も増えたそうです。
これはたぶん、全種目の合計と思われます。
ハーフは何人なんだろう?

スタート位置も、ゆっくりとした感じがいいですね。
大きな大会は、なんだか殺伐としてますけど、地元の大会って、この空気が好きだわー。

最初に車いすの部がスタートして、その10分後にハーフの部です。

本日、ここに立てたことに感謝します。
今シーズン、最初のハーフ大会です。元気に戻ってきたい。

号砲!
そして花火がパンパン・パーン。
ワー!!!

子供の頃は足が遅くて、運動会が大嫌いでした。
朝6時に「開催」を告げる花火の音を聞くと、「あ〜あ、今日は運動会だ(ヤダな)」と思ったものでした。それがどうでしょうか。この花火の音に胸がワクワクとします。子供の時の私に言ってあげたい。「順位じゃないんだ。一生懸命走って、それが自分の思う走りであれば、それでいいのだ」と。

なんて事を考えながらスタートです。

久々のレースで、なんだか走り方を忘れちゃいましたよ。
ゆっくりと入ります。距離表示は1キロごとにあるので見ると、キロ6分を刻んでいます。

ハーフでキロ6分では遅いのです。
本日の目標はキロ5分半ですから。

気仙沼出身という男性に声を掛けられました。古町出身だそうでお家は無事だったようです。「私は魚町でダメでした」と言うと、「がんぱっべ」と。ハイ、ありがとうございます。

道幅がそれほど広くないから、なかなか追い越せないし、なんだかスピードも上がらないから、そのまま3キロ過ぎまでタラタラと走りました。でも、これはさすがに遅いだろうと思って、ちょこっと上げることに。

最初の5キロは、スタート地点からの計測ではおおよそ28分半。
もう少し上げたいなぁ。

気温はドンドン上がっているようです。
サングラスをして走っています。
用意したアームウエアは、ウエストポーチに仕舞っています。

5キロ過ぎてから少しスピードを上げました。
それでも重くて重くて、うーん、どうしようと思いながら。

そうこうするうちに10キロあたり、ちょっとした下りがありました。
その辺りで、私の前にスーっと出た女性がいます。体幹が出来ていてイイ走りだなぁ。ヨシ付いていきましょう。

その方に引っぱってもらって、走りました(勝手にすみません)。
引っぱってもらうと、イイ感じに力が抜けてきました。

沿道からは「気仙沼がんばれ」の声を頂戴しています。
そうです、私は「気仙沼を忘れないで」という思いも込めて、おだづなよTシャツで走っておりまする。

その女性を抜いてしまったり、また先に行ってもらったりして、いい感じに刻むことが出来てきました。
不思議なことに足は軽くなっています。ただ上半身のバランスがくずれている気がします。下半身に上半身が付いていっていないような。

沿道には人がたくさん出てくださっています。
「将門祭り」もあるそうで、鎧兜の武者もいます。大きなカカシもいるし、七夕が飾ってあるところもありました。そして、あのノボリがあります。町をあげてのマラソン大会って、本当にすばらしい。ありがとうございます。

距離表示が1キロごとにあって、途中からは「あと5キロ」といった表示が追加されてます。そして、残りが3キロ、2キロ、そして1キロを切りました。今日、出せる力を全部出しましてゴール。

手元の時計ではこのようになりました。

スタート地点まで:01:40
5km:28:34
10km:26:45
15km:26:27
20km:26:51
ラスト:5:27
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合計:1:55:47

正式タイムは、1:55:48でした(グロスのみです)。

完走証はこちらです。

完走賞に地元でとれた「レタス」を頂きました。
参加賞のTシャツは青い色に、背中にIWAIの文字。

そして、地元婦人会の皆さんが作ってくださった「とん汁」これは美味しい。
地元の大会っていいですね〜。暖かいですね〜。
気仙沼大島の「つばきマラソン」では、なんと「マグロのかぶと焼き」が選手には無償で配られるんですよ。それと「わかめ汁」も。復興したらいらしてくださいね。

走る前の私。

走った後の私。ボロボロー。