先日の神楽坂の食事会でお目にかかった方が、日頃思っていることなどをメールに書いて、知人宛に送付している。名刺交換させて頂いたので、私にも送ってくださった。
おもしろい。視点がいいの。
そして長文。なので読む方も気合いが入るわけ。
私の事も匿名で書いてくださりありがとうございます。
先日の神楽坂の食事会でお目にかかった方が、日頃思っていることなどをメールに書いて、知人宛に送付している。名刺交換させて頂いたので、私にも送ってくださった。
おもしろい。視点がいいの。
そして長文。なので読む方も気合いが入るわけ。
私の事も匿名で書いてくださりありがとうございます。
ぐー、9月ですよー。早いっすね。
西新宿の「もうやんカレー」に行く。
西新宿に事務所にあった頃はよく行っていたが、店舗を増やし、メニューも増えていて、おいしい。
4人で行ったので、(カレー以外の)つまみ系をあれこれ頼んでみる。
「きのこチーズ焼き」はテーブルに運んだ後で、チーズ部分をバーナーで焼いてくれる。焼き終わると花火に火を付けてくれるので、見た目も楽しく、そして、おいしいー。
大根カレーの八分盛りを注文する。
女性には八分盛りがちょうど良いかも。
私達は6時の開店とともに中に入り、追加注文をし、コーヒーを飲んでおしゃべりして店を出てみると、ヒエー、長蛇の列が出来ていた。すごい人気なのねー。そうとは知らずに長居してしまってすんません。
神楽坂・ちゃんこ会席「黒潮(新館)」で、とある食事会が開かれた。
IT系の仕事をバリバリとやっていらっしゃる皆様のお話は非常におもしろく、私などはただただ圧倒されるばかり。
ITは、まだ未成熟な世界。
これから、私達が作っていくのだぁー、な〜んてことを思ったりする。
HOWS社にてAjaxを学んでいる。
Ajaxを習得しようと他の企業からも、若い技術者の方がお越しになっている。
皆さんのビジネスにいかに、この古くて新しい(?)Ajaxが取り入れられていくのか、アイディア勝負かもしれない。おもしろい。
気仙沼と東京の温度差かもしれない。
集中力が欠ける。身体はだるい。
宿題がたまっていて、現実逃避な本日でごじゃる。
本日、朝の新幹線で東京に戻る。新幹線では弟から借りた本を読む。
「フォワードなき日本格差社会」二宮清純・著。

二宮清純氏と木村剛氏の対談で話は進む。
サッカーワールドカップの「日本にはフォワードがいない」ということから、サッカーだけではなく、日本社会全体が同じような状況だという話へと続く。
「教わらないと不安というのは決断回避」
これは、日本社会全体の問題になると思うんですが、日本人って「教わらないと不安」という面がある。自分で学べばいいのに、教わらないと不安に陥ってしまう。「ジーコは試合を見にこない」と怒っていたクラブ関係者もいたが、「見にくるよう要請したか?」と聞くとアポさえ入れてなかった。「先生は常に助けてくれる」と思っている。
最近では良い学校を卒業した人に出ているように思う。塾が完備され、「効率的な学習方法を学ぶ場」がある。
以前は国立大学は「苦学生」という言葉が似合った。
子供の時は原っぱで、何もない空き地で、工夫して遊ぶということから始まり、効率的な学習方法も自分で生み出す。大人が子供の遊びを整備しすぎるのは創造力を高める時期を逃すような気がしてならない。何もないところでも、子供は遊びを見つけ出す天才だ。
「名監督は名シェフであるべし!」
面白いのは、トルシエを生んだフランスでは、「名監督は名シェフだ」と言うらしんんですね。また、「今ある食材で一番いい料理を作るのが『名シェフ』だ」と。
中小企業などは本当にこれです。
いい人材は大手企業にいってしまう。そういう事を嘆いていては何も進まない。だから、今ある素材を一番に育てる。難しいんですけどね。だから私は経営する中で大事なことは教育だと思っている。しかしながら、なかなかうまく進まないのも事実でして。
菩提寺の宝鏡寺で営まれた。
大勢の方にお越しいただきまして、本当にありがとうございます。
葬儀の為にいとこ連中13人・全員が集まった。
大人になると全員集まるのは珍しい。
みんな立派な大人になったなーとババくさいことを思ったりする。
子供の時はみんなで大谷海岸に行ったっけね。楽しかったね。
私は線香の煙なのか、それとも疲労なのか、なんだかわからない頭痛が出てしまい、本日、東京に戻る予定が一日ずらすことにして、夜は寝ていた。
お葬式の仕方は地方によって異なる上に、各家庭によっても異なる慣習があるので難しい。
慣習を変えるのは親戚連中を説得しなければならず、場合によっては皆を敵にまわすことになる。こういった緊急事態の場では避けたいもので、「前はこうやった」という事に従いつつ、若い喪主がわずかに新しい事を取り入れ、まぁ、そうやって微妙には変化しているのだろう。
気仙沼地方では、告別式の前に火葬をする。
このことを東京で話したら、ことのほか驚かれた。
つまりこうだ。
人が亡くなると、まずは自宅で仮通夜といってごく親しい人だけに「お知らせ」してお越しいただく。火葬許可がおりると火葬をする。火葬許可が降りるには24時間過ぎてから、と決まっているから、その間が仮通夜ということになる。ここで御日柄が悪く、友引にでもなろうものならば、日を改める。
火葬には、親しい人などが集まる。
火葬した遺骨をそなえて、本通夜となる。
その後に告別式。
こういう段取りだから、東京の葬儀よりも長くかかる。
聞いてみると、同じ宮城県であって仙台では告別式の後で火葬するようだから、気仙沼地方の慣習のようだ。その理由はハッキリとはわからないが、海の事故で亡くなると、遺骨なしの葬儀になってしまうから、まぁ、そういうことからこうなっているのかなとは思う。
本日、叔父の火葬と本通夜が執り行われた。
叔父の葬儀のために気仙沼に帰る。
生前の叔父は痩せていて、頬がこけていた。
8ヶ月もの闘病説勝の中、薬で顔がむくみ、父とそっくりの顔になっていて驚いた。
悲しみがあふれる。
前から気になっている作家・角田光代氏の本。まずはエッセイから読んでみようと思った。
本のタイトルにもなっている「これからはあるくのだ」は、たまたま前方から歩いてきた老人がころんでしまった時に、角田さんが乗る自転車を指差し「猛スピードでぶつかった」と事実と異なることを言い、そんなことから、二度と自転車に乗るまいという決意し、「これからはあるくのだ」となる。
その様の描写が活き活きとしていて良い。
小説も読んでみたい。