「気仙沼と家族」カテゴリーアーカイブ

M子ちゃん結婚式

従姉妹のM子ちゃんの結婚式。
Mちゃん・おめでとー!

桜舞う神田明神での挙式。厳か。
神社での挙式いいですねー。

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Mちゃんは背が高くできれい。
航空会社のCAを務めていて姿勢が良い。
外国人・観光客も写真を撮っている。

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挙式の後は神楽坂の「アグネスホテル」に移動して披露宴。
ゆったりとして、なごやかで、アットホームな良い披露宴です。

それとお料理がとても美味しい。
皆で「美味しい、美味しい」と言いながら頂きました。

「ヴァージンロードを歩くのは絶対に嫌」と言う花嫁の父。
お色直しに行く時に(サプライズで)エスコートに指名され、照れながら娘と歩く父親であります。

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Mちゃん・おめでとー!きれいですぅ。お幸せにー。

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今日は父の命日でもあります。
この式場に父と、そして亡くなった叔父も一緒にいるような心地がしました。

大塚「うさぎ」で気仙沼ホルモン!

東京は大塚ではございますが「うさぎ」というお店で気仙沼ホルモンが食べられる!

以前から話には聞いていて一度訪れたいと思っていたところ、「松戸に住み、東京で働く、宮城・気仙沼大好き人間の日記」さんが仙台に異動になった送別会をこちらで開催することに。案内してくれたのは、気楽会・東京支部長のTK。大塚駅南口を出て3分ぐらいでしょうか。元はスナックだったそうでカウンターに座って気仙沼ホルモンですゾ!

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うさぎ:東京都豊島区南大塚3-36-10 TEL03-3981-9729

オオ、これこれ!気仙沼ホルモン!
炭火焼きで、キャベツにウスターソースで食べるというシンプルさが旨い!

まるでお酒の銘柄選びのように「亀山いきましょうか」とか「よねくら・お願いします」などとか言いながら頂く。いずれも気仙沼の精肉店の名称で産地直送! おいしいでございます。
ママさんが作るみそ汁もうまい!

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今日の主役の山ちゃん!
山ちゃんのおかげで、皆さんと知り合うことが出来ました。
仙台に行っちゃうと寂しくなります。でも、またすぐ会おうね。

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ママさんと話すと、エー!びっくり。
気仙沼中学校の1学年下の体操部だったそうな。1年だけで新城に転校したとのこと。私はバスケ部だったので、体育館で一緒に練習していたんだね。ン十年前の話。

気中の体操部は、当時としては珍しい新体操をしていた。
練習場所がないので体育館のステージで華麗に舞っていて、男子の注目の的。それにしてもママさん若い。私より10歳ぐらい若く見える。やっぱ体操部はきれいな人が多いんだわ。

「写真ダメですぅー」とのことで、美しいママさんをご覧になりたい方は「うさぎ」にどうぞ。

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オオ、総勢10名!の楽しい会でした。

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公界(くかい)「ふか肉フェア」

気楽会」のメンバーで「あがらいでバー!」の発起人の一人でもある「松戸に住み、東京で働く、宮城・気仙沼大好き人間の日記」のやまださんは、今月いっぱいで仙台に異動が決まってしまった。そこで「あがらいでバー!」の「反省会と送別会」を渋谷区宇田川町「公界(くかい)」さんで開催することに。

こちらで「ふか肉フェア」があることも、やまださんから教えて頂いた。

で、、、「ふか肉」っツのは何?(笑)

「ふか肉」については「日経レストランの記事」が詳しいので、こちらをご覧ください。

渋谷駅からの道順は、やまださんが書いた「気楽会ブログ」が詳しいので、ご覧ください。

18時のお店のオープンとともにお店到着。まだ我々だけだが、本日は予約が多いので、一番奥に座ると、オオ、さっそくこのメニュー。
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まずは「フカなめろう」をお願いする。
「ふか肉、っつのはうまいんだべが?」などとかだりながら、おそるおそる、チョッピリ箸にのせて頂く。
「うまい!」
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次は、今日、店主がシャワーを浴びながら考案したという「フカ」に焼きを付けて、明太子を乗せて食べる。
「う・・・うまい!」
「ふか」の食感は柔らかく、そしてヘルシー。
これ、人気が出るんじゃないの!

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「フカマーボ豆腐」と「フカカレー」そして「フカカツ」
うまぁーい(ウルウル)。「ふか肉」は気仙沼からの直送です。

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このお店には、オブジェが飾ってあって、それらは2ヶ月に一度入れ替えるそうです。ちょうど立体作家「石丸運入」さんが新しい作品を持っていらした。そして、その友達が現れたら、なんんと!それは気仙沼出身のアーティスト「奥原しんこ」さんでした!

しかもKENJIさんとは、気仙沼小学校・中学校の同級生。
狭いもんだね(ちなみに、しんこさんは廣野画塾で、実は私も廣野で絵を習ったのであります。私の絵はトホホですが、同じ教室からアーティストが誕生すると嬉しいですね)。

「公界」の店主は東京出身だが、奥さんが仙台出身ということもあり、宮城の地酒をそろえている。ご自身で蔵本を訪ねたり、食材を宮城から直送してもらうなど、こだわりがある。そういう事から店内は、あっという間に宮城県にゆかりの人達で満席になった。

気仙沼・男山本店の「蒼天伝」で乾杯!
飲めない私も少し頂くと、口あたりが良くて美味しいです。飲み過ぎちゃいそうw。

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店主のはからいで皆で自己紹介をすることに。個性ある方ばかりで、白石出身の「ありが豚」さん、K新報のHさん、「渋谷で花を育てよう」の活動をしているシブハナさん日本ありがとうプロジェクトのドイちゃん、etc…。

いいですねー。楽しいですねー。
やまださん、いいお店を紹介してくださってありがとう!
気仙沼出身の関東の皆様、「公界のふかフェア」に是非、一度、行ってみでけらいね。

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第1回 あがらいでバー!(気仙沼の会)

代々木の「魚がし」にて、「第1回 あがらいでバー!(気仙沼の会)」が開催された。

「気仙沼」というキーワードだけで、おおよそ20名の方々が集まり、気仙沼弁で気仙沼の事をかだりまぐる会。実に楽しい。

ゲストには、気仙沼出身の小野寺重之さんにお越しいただいた。
小野寺重之さんは、明治大学野球部時代に、あの星野仙一さん、そして、あの巨人の高田さんの後輩にあたる。星野さんがエースピッチャー、高田さんが1番バッター、そして小野寺さんが4番を打った。

先輩の卒業後は明治大学・野球部のキャプテンを務め、卒業後は日立に入社し、社会人野球で活躍。
日立柏レイソルの社長として、J1からJ2に降格するという辛苦をなめ、1年でJ2からJ1に昇格させるという快挙も成し遂げている。

気仙沼出身にこのような方がいらっしゃるんですね。

そして、仙台出身で「異動によって2年間過ごした気仙沼」を気に入ってしまった「松戸に住み、東京で働く、宮城・気仙沼大好き人間の日記」さんや、「彼女が気仙沼」ですっかり気に入ってしまった「だいん気仙沼」さんがいらして、いやいや、嬉しいですのぉ。

このブログをご覧になっている方からも声を掛けていただきありがとうございます。なんだが初めて会った気がしないオンね。

是非、この会を続けて参りましょうゾ。
明日のフルマラソン出場のため、中締め(22時)にて、後ろ髪を引かれながら退散したのであります。あの後は、どうなったんだべね?

あがらいでバー!

人との出会いは、誠に不思議なモノでございます。
最近では、なんといっても「スローな食に、スローな家。」のKENJIさんや、「松戸に住み、東京で働く、宮城・気仙沼大好き人間の日記」のやまださん、そして「気楽会」の皆さんです。

気仙沼を愛する若い(私よりもはるかに若い)皆さんとの出会いは、心のどこかをグイっとつかまれたような、「私もなにが、やんねっけ(私も何かやるしかないでしょ)」みたいな、情熱が湧いてきます。

それで「あがらいでバー!」が立ち上がりました。
気仙沼を知る人ならば「あがらいん」という言葉わがるっちゃ(笑)
それでございます。

「第1回あがらいでバー!」のゲストには、気仙沼出身で、柏レイソルの社長も務めた「小野寺重之」さんがお越しになります。まずはなにしろ、いらしてください。待ってっからね!

仙台藩ってことで

録画しておいたNHK「その時歴史が動いた」の「第309回天下に旗をあげよ 伊達政宗・ヨーロッパに賭けた夢」を見た。

伊達政宗が徳川家康から与えられた領土の中に、本吉町の「大谷金山」があった。伊達政宗の財政を支えることとなった金山。これぞ、わが地元であります。

本吉町は、平成の大合併で気仙沼市と合併する計画が頓挫してしまったが、気仙沼市の隣町。

はて、しかし、、、私はこの跡地をまだ見てない。

同番組の中では、岩手県藤沢町の製鉄についても放映していた。
こちらも気仙沼のすぐ近く。
ああ、こちらもまだ見たことがない。

なんと申しますか、気仙沼に隣接した地域にもおもしろいところがたくさんあるというのに、案外と見てないものです。今度帰る時には、こっちもあっちも見に行きたいと思っている次第です。

ところで、当時の「仙台藩」のくくりが、現在の県のあり方よりも生活には根ざしているように思う。少なくとも、気仙沼市だけが宮城県から岩手県に飛び出すといった不自然な地図はなくなる。宮城県と岩手県とに分断されてしまったが「気仙郡」の方が自然ではないか。

そういう目で見て、県のあり方を見直してもらえぬものだろうか。だって「(岩手県一関市に合併してしまった)室根」は少なくとも気仙沼圏だと気仙沼の人は思っている(と思う)。気仙沼は室根山から吹く風の「室根おろし」に季節を感じて生活をしているわけで、ここを分断されてしまうというのは、なんだかなーと思っている。

そんな事を思いつつ、遠い江戸の時代の、伊達政宗の胸中を思ってみるのであります。

古川家(ふるかわや)さん

気仙沼市・南町の「古川家」さんが解体されると聞いて「まさか!」と思っていましたら、どうやら本当だったようです。

「風待ち研究会活動報告」さんのページに見納めの写真が掲載されていました(「解体」「古川家内部」)。

親戚の婚礼などの晴れやかな日に、晴れ着を着せてもらって伺った時の、なんともいえない華やかな雰囲気を思い出しています。

最後に伺ったのは、13年ほど前の、弟の結納の日でしたっけ。
気仙沼の大切なものが、またひとつなくなってしまいました。

(後日追加)「スローな食に、スローな家。」さんに、解体される写真が掲載されていました。

また食べたい気仙沼ホルモン

なんでしょうか、また「気仙沼ホルモン」を食べたいのであります。

先日、気仙沼で気楽会の皆さんと一緒に食べた初めての「気仙沼ホルモン」。

素朴な味わいで、意外にもヘルシーで、そしてリーズナブルな価格で、堪能した。

それから数日、「あぁ、また食べたいなぁ」と思っている。

なんでしょうか、この感じは。
何か癖になる味なのねー。

気仙沼在住の人がうらやましいゾ!

祖先はいた!

私が今日このように存在しているということは、祖先がいたわけだが、さーて、そのご先祖様の何代先までわかりますか?

私の場合、祖父の母の祖父までさかのぼることが出来るが、それより先はわからない(少なくとも、私にはわからない)。

祖父の母という人は、オヤマ家・4姉妹の次女だったので嫁にいってしかるべきが、なぜかオヤマ姓を名乗って分家となった。その人の母も女一人っ子で、だから2代続けてお婿さんに来てもらっているが、その前の爺さんという人は、たいそう羽振りが良かったと、オヤマ家伝説として伝えられている。

その時代を知る人がいるわけでなし、こういうのはだいぶ誇張が入るし、そもそも「その人、本当にいたの?」などと思ってる。墓石には名前が彫ってはあるけれど…。

当時の家屋は「昭和4年の大火」で全てを焼失してしまったし、私のところは分家であるし、当時を偲ぶものは何もない(少なくとも私は見たこともない)。

先日、気仙沼の「宮脇書店」で「幕末・明治雑記帳―近代気仙沼庶民誌」という本を手にとった。そこには、幕末から明治にかけての気仙沼の庶民の暮らしぶりが記されている。

また、三日町、八日町、魚町、古町の一部の、当時の住民の氏名が出ている。

どれどれ、私のご先祖も本当にいたのかしら?
「魚町・・・さかなまち・・・」と追ってみると、
「魚町2丁目」の欄にたしかに、その人の名前があった!

生まれは天保12年。
いたんだ!

それ以上のことは何もわからないが、たしかに存在したことと、生年月日がわかり、なんだか嬉しくなった。その本を買って母に見せる。

すると、その人にお嫁に来た方の、何代か後の人から、そちらの家系図のコピーが届いていたと見せてくれた。へぇ。2人が結婚をしたのは、ちょうど江戸から明治に変わるあたりだろう。激動の時代を2人はどのように生きていたのだろう?