「気仙沼サポートビューロー(KSB)」の定例会が飯田橋のルノアールの会議室で行われました。
21(土)に開催される「復興フォーラム」の詳細などを話し合い、
また、本当は昨年、行く予定にしていた「徳仙丈つつじツアー」の事を話し合い、
そしてまた、これからの計画や秋の懇親会などを話し合い、
結構、年内もいっぱいですね!
2次会はいつもの居酒屋さんがいっぱいのため、近くの沖縄料理店「島」に参りました。
混んでる!と思いましたら、階段を降りた地下がありまして、そちらに通して頂きました。
「気仙沼サポートビューロー(KSB)」の定例会が飯田橋のルノアールの会議室で行われました。
21(土)に開催される「復興フォーラム」の詳細などを話し合い、
また、本当は昨年、行く予定にしていた「徳仙丈つつじツアー」の事を話し合い、
そしてまた、これからの計画や秋の懇親会などを話し合い、
結構、年内もいっぱいですね!
2次会はいつもの居酒屋さんがいっぱいのため、近くの沖縄料理店「島」に参りました。
混んでる!と思いましたら、階段を降りた地下がありまして、そちらに通して頂きました。
気仙沼では「さんま」を煮る時に「煮る」ではなくて「炊く」と言います。
「今日、おらいで、さんま炊いだがらっさ、あんだぁ、持ってがいん」
(今日は、我が家ではさんまの煮付けを作ったんですよ。よろしければ、お持ちください)
斉吉さんの「金のさんま」は、本にも紹介されたように、気仙沼の家庭の味です。
どちらのお宅でも「さんまを炊いて」おかずにします。
「おかみのさんま」に書いてあるように特別なものではないので、私は申し訳ないことに「金のさんま」は買ったことがなかったのです。
それが被災地ファンドに入って、届いたのが「金のさんま」。
それで初めて食べました。
美味しい〜(^ー^)。
それは家庭とプロの違いです。
卵焼きだって、ラーメンだって、うどんだって、家の味とプロの味は圧倒的な違いがありますが、「金のさんま」もそうです。
家では、ちょっと醤油がきつくなってしまったり、仕舞いにはゴダゴダどなってしまったり(煮詰まって形がくずれていきます)。
それが「金のさんま」は品の良いお味で、形も整っていて、これはプロの技。
そして湯煎しただけで、サクっと食卓に並べられるのが簡単で助かります。
「さんま炊く」のが、どうして気仙沼の家庭の味になったかは、「おかみのさんま」に詳しく紹介されてます。
三陸沖でとれたさんまは、このようにして食べるのもまた美味しいという先人の知恵。
気仙沼では、他にも「さんまのみりん干し」など、さんまを材料にした様々な商品があります。
斉吉さんの「さんま笹寿司」も美味しい。
少しずつ会社が復活をしていますから、この秋には、様々な楽しみ方をご紹介したいです。
「おかみのさんま 気仙沼を生き抜く魚問屋3代目・斉藤和枝の記録」斉藤和枝・著。
以前、店頭で購入してすぐにアップしたこちらの本。
今日は読み終えた感想など。
これね、ホントにホントに、何と表現していいかわからないほどの良い本です。
気仙沼にご興味のある方は、必ず読んで欲しい(^ー^)。
斉吉商店の3代目として生まれた著者。
その葛藤、しかし運命。
ところで、気仙沼の魚はなぜ美味しいのか、気仙沼の魚のどういった点が特徴なのか。
さんまは北海道でも捕れますが、三陸沖で捕れたものがどう美味しいのか。
気仙沼出身でも知らない事が、わかりやすい言葉で書かれていて、なるほど、なるほどと理解を深めました。
また、気仙沼でいうところの「廻船問屋」とはどのような役割であるのか、漁港がいかに様々な業種が支え合って栄えてきたのか。
斉吉さんが問屋から加工食品を扱う会社に変革を遂げようとする際の、並々ならぬ努力。
ご主人がお婿さんに入って頂くことになったご苦労。
どのページをめくっても、ギッシリと良いお話が詰まっています。
そして、あの大震災。
家も工場も全てを流されてしまい、途方に暮れつつ、次に向かう姿はテレビで見ていても感動を覚えました。
それ以上に著者の言葉で綴られた言葉には、何倍もの感動が詰まっています。
ぜひぜひ、お手にとってご覧ください。
すごい本です。ホントに。
そして、気仙沼にこのような人達がいるということが誇りでございます。
東京に住んでおりますが、気仙沼の地方新聞「三陸新報」を購読しています。
気になる記事をいくつか。
気仙沼小学校の避難所ではじまった「ファイト新聞」は避難所閉鎖とともに終了となりましたが、「1周年号」という復刊を決め、月1回ペースで制作を続けていくことにしたそうです。
また、保護者らによる「一般社団法人ファイト新聞社」が立ち上がったそうで、今後の活躍をお祈りします。
早稲田大学は、4月から気仙沼の戻りガツオをテーマにした講座「震災復興のまちづくり」を開き、年間を通した授業を行い、気仙沼にも遠征するそうです。戻りガツオのブランド力アップを考えるそうです。記事によると気仙沼市と早稲田大学は震災前からまちづくりを通じて交流があったとのことです。
また、「日経新聞」によりますと、
東京海洋大学は、気仙沼市と包括連携協定を結んだそうです。
気仙沼市内にサテライトオフィスを設置し、水産物の流通や販売方法を研究するほか、人材育成や街づくりで協力することで復興を支援するそうです。
東京都江戸川区は、土木・建築職員を気仙沼市に派遣するそうです。
4月から1年間、気仙沼市に江戸川区職員を9名(土木や建築を中心に専門技術を持った職員)を派遣し、復興に伴う新たなまちづくりのための応援をするそうです。
いま被災地の人口の流出が止まらない中で、このような支援をしてくださることは、大変にありがたいことです。
気仙沼サポートビューローが企画したKSB復興フォーラムの第1回が、飯田橋のルノアール会議室で行われました。
第1回 KSB復興フォーラム
「海と生きる」 ― 気仙沼市復興計画の概要
講師は、気仙沼市震災復興市民委員会委員の武山氏。
「気仙沼市復興計画の概要と市民委員会における議論の経緯」
市民委員は気仙沼内外の若手で構成されたグループで、気仙沼の皆さんは自身が被災された中、そして、東京からは何度も気仙沼に通って、勉強しながら計画をまとめたそうです。
それが形になって、明日、気仙沼市で配布されるそうです。
小学生にもわかるようにと配慮がなされた資料です。わかりやすい!
その資料を私たちにも配布いただきまして「18出来たプロジェクト」について、説明頂きました。
とてもわかりやすく説明いただいて、気仙沼市と災復興市民委員会が向かおうとしている方向が見えたように思います。
ただ、とても大きな問題については「国や県との調整」があったり、財政をどうするかなどの難題を抱えていて、明確には出来ない部分も多いようです。
つまり「まだ方向性も見えない」部分も、そういう状態であるということが見えたという感じでしょうか。
また、市の職員の不足で、一人で大きな仕事を抱えていらっしゃることもわかりました。
プロジェクトによっては関東地方からも応援出来るかもしれません。
拝見しますと「福祉」の面では核となる人材が不足していて盛り込めていないようです。プロジェクトは18に限定するわけではなく、足りないものは追加していくそうです。
我々も、なにがしかのお手伝いが出来るといいのですが。
その窓口的な役割も必要ですよね。
同級生が震災前に気仙沼に帰ったのです。
東京をひきあげて。
「で、どうするの?仕事あるの?」
「パン屋をするんだ」
「へぇー!」
修行して帰ったと思えば、あの大震災。
それでもめげずに、パン屋をやっていますよ!
同級生のリョウちゃんに車で連れて行ってもらいました。
なんと、さらにフランスパンを焼くための釜をこれから作る計画があるんだって。
同級生が頑張っている姿を見ると、私の方が元気いただきます。
私たちも51歳になりました。
仕事がなくて困っている同級生はたくさんいます。
一歩一歩、前に進みたいですね。