「気仙沼と家族」カテゴリーアーカイブ

唐桑の叔母の家

唐桑の叔母の家(お寺)に遊びに行く。
唐桑は、2006年3月に気仙沼市に合併した。それまでは気仙沼の隣町、宮城県最北の町、入り組んだ地形がとても美しく、漁業の町である。
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松島に嫁いだ従姉妹が里帰りしていて、そのご主人が遊びにいらしていたので一緒にお昼を頂いたり、犬(ゴールデンレトリバーのハル君)に遊んでもらったり、永平寺の修行を終えた従兄弟がとても立派になって驚いたり、一番ちっちゃかった従姉妹が女子大生になって美しく変身していたり、叔母と久しぶりにゆっくりお話して楽しかったー。

車いすに頼るようになってしまった父が、あの81畳もある大きな部屋を、叔母(父の妹)にささえられながら歩いたことを、昨日のように思い出す。ここには癒しの空気がある。東京の喧噪とはマギャクの空気。こちらの方が人間らしく生きることが出来る気がする。

すぐ近くに「上二本杉(巨木)」の跡がある。
下二本杉」とともに宮城県の指定文化財だったが、伐採されてしまった。跡を見ると、相当大きな樹だったのねー。
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唐桑をゆっくり探索したいと思うが、叔母の家で時間を忘れてくつろぎ、そのまま帰る。いつか必ず探索しよーと思う。

横浜の子供達が「お魚たべたーい」「お寿司食べたーい」と毎日お魚三昧。
今日は外で食べましょうかとお店へ。
予定していたお店は混んでいたために、急遽「あさひ寿司」さんに場所を変えて、お寿司三昧。
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大満足の子供達。私は特上寿司をお願いした。おいしーですよん。
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第57回 気仙沼みなとまつり

気仙沼はお祭りムード満点。
ご町内の船掛け(大型船を所有するオーナーさんの家)はフライ旗で飾られた。
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フライ旗とは大漁旗のこと。
自分の家で作るのではなく贈り物として頂くのが習わし。
数が多いというのは、それだけ支持されているのです。
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K-NET(気仙沼TV)
が撮影を開始。
最近は、自宅のテレビでお祭りを観るお年寄りも増えているようで、足が悪くなってお祭りに行けなくなった方が、自宅にいながらにしてお祭りを楽しめるのはいいですね。
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自宅前をパレードが通るので、家にいながらにして、お祭り気分満点でございます。
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母は婦人会のパレードに急遽、初参加。
気仙沼音頭を踊ることに。

「踊れないがらー」とか「練習してないんでー」と断り続けたらしいが、膝が痛いなどとキャンセルされるご婦人が多く、元気な母はとうとう出場することに。
炎天下、着慣れぬ着物と笠をかぶって奮闘。
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人よりも、ワンテンポ遅れつつも、どうにか踊っているようだ。
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姪っ子はキティちゃんのお面に大満足。
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夜は、打ち囃子と花火大会。
夕方から打ち囃子が始まる。
その前の準備から始まり、係の方は大変ですねー。
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ちょうど自宅前に「宿(唐桑)」の打ち囃子。叔母が唐桑に嫁いぎ、お世話になっております。昨年までは従姉妹が毎年、出場していた。
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海には「海上うんづら」(海上ねぶた)が登場。
これね、写真よりもはるかに豪快で美しいの。
お祭り

花火と海上うんづらと打ち囃子。サイコー!
お祭り

母、弟2人とその家族でーす。
家族写真

「大はまらいんや踊り」初参加

第57回 気仙沼みなとまつり・市民参加の「大はまらいんや踊り」に、東北福祉情報専門学校チームにまぜてもらって、初めて参加した。

今年は(約6万人の人口に)3700人の参加。年々、参加団体が増えているらしい。

「はまらいんや」は、「どうぞ、一緒に輪に入って(踊りましょ)」という意味。

実に軽快なリズムの曲に、参加者が自分で考えた振り付けで練り歩く。
審査員がいて、その振り付けや統一感や活気などによって大賞が発表になる。

ま、そういう大賞のことはさておいて、実に楽しい。
見てるよりも出た方が楽しい。

我がチームは、学生さんらの年齢が若いので、若い振り付けで、おばさんは息があがります。

Aさんがビデオ撮影してくださり、それを同級生で非常勤講師のKが、FinalCutProで編集してネットに置いてくれて、前日にそれを見て特訓を。それでなんとか付いていけたか?

気仙沼出身のジャズドラマー・バイソン片山が生演奏をしてくださるわ、オープニングには、マギー審司が挨拶するわ、地元っていいよね。

打ち上げにも参加させていただき、皆さん、とってもあったかい。
学校の皆さんありがとう!
楽しがったね!

夏だ!気仙沼だ!

会社を早退して、15:56の「こまち25号」に乗って仙台へ。
東京〜仙台間は1時間35分しかかからない。
それから気仙沼線に乗り換えて、仙台〜気仙沼間は2時間って、どんだけー。

でもね、夏休みは、ゆったり旅行がいいですよ。
そんなに急いでどうする、みたいな。

海辺で、本を読むもよし。
海を眺めながら、ビールを飲むもよし。
休暇だからといって、何かをしなくちゃいけないってこともない。

気仙沼の夜は涼しい。
明日から「気仙沼みなと祭り」ですよん。
おしめさん(五十鈴神社)はライトアップされ、
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フライ旗が見事に飾られた。これぞ港町の心意気っス!
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新緑の気仙沼

「東北福祉情報専門学校」(気仙沼市三日町)にて(非常勤講師として)授業。
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こちらの学校は少人数制で、先生方のきめ細かな指導がすばらしい。それぞれの個性を引き出す授業をよく考えられている。やはり、先生の資質が大事だワン。私は生徒さんの知りたい事に応えられているだろうか?
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その後は、先生方と「扇屋さん(気仙沼市八日町)」にておいしい昼食を頂く。扇屋さんに入るのは初めて。昼食を頂きながらも、やっぱり授業の事などを話す。時間がいくらあっても足りない感じ。
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先生方と別れた後は「文信堂書店(気仙沼市南町)」に立ち寄り、帰りの新幹線で読む本を購入。
「ヴァンガード(ジャズ喫茶)」でコーヒーを頂いてから家に帰る。

気仙沼は、日中は暖かく、それでいてさわやかな風が吹き、山の緑が美しく、今は一番いい季節。

「あーーー、もっとゆっくりしたいなー」という気持ちを乗せて、「気仙沼線」で仙台へ。そして「はやて」に乗って東京へ。

東京の雑踏に足を踏み出すと、人とぶつかっても声も掛けない都会の暮らしがある。急に現実に引き戻された感じ。

夜の浮見堂(@気仙沼)

あたふたと新幹線に乗って、今、気仙沼にいる。
夕方到着して夕食をいただいた後は、母とブラブラ五十鈴神社の浮見堂(うきみどう)を散歩。
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クルーザーが停泊している。
あら、名前が「APPLE II」って、こちらの所有者はMacユーザかしらん?
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まだ20時を過ぎたとこだが、ご近所はシンと静まり返り、真夜中のよう。東京の20時とは全然違う時間が流れています。ツーか、まだ眠くないんですけど、、、>母上。

気仙沼高校・関東同窓会(旧・鼎が浦高校)

気仙沼高校の関東同窓会が中野サンプラザで開催され、初めて参加した。
気仙沼高校と、我々の旧・鼎が浦高校(女子校)と気仙沼向洋高校(旧・気仙沼水産)の合同開催。
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旧制中学、旧制女学校世代から、卒業して数年の若い方々まで様々な年代がいる。もっとも若い方は少なくて、50歳以上が大半を占めてはいる。それゆえ元気(笑)

名札に「○回生」と書いてあるから、それをたよりに我が同級生を探したが、いない。ひょっとして私一人なの?

最初こそ「オヨヨ、大丈夫かしらん?」と思ったものの、みーんな気仙沼ですから。あっという間に年代を越えて楽しい話に花が咲く。

すると!
硬式テニス班の、私が1年の時に3年のキャプテン・Y先輩がいらした。しかも幹事さん。なんつたって、設立から間もない硬式テニス班から、初めてインターハイに、しかもシングルスにたった一人で出場した先輩ですから。伝説の存在。おもわず身が引き締まる思いで、直立不動(笑)。
それにしても先輩変わらず若い。さすがっス。

同窓会では、活躍中の畠山美由紀が歌を披露するというイベントが用意された。すばらしい。こんなに美しくて、歌がうまい方が同窓生にいるって、嬉しいっスよね。
肖像権的にNGかもしれないので、小さくアップを(おまけにピンボケ)。
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最後に校歌合唱。
卒業以来、こうして皆で歌うのは初めて。
エーーもう20年近くが経っているのに、渡された歌詞を見ながら音楽がかかると、不思議なことにスーっと歌えちゃう。どういうんですかね、これって。

旧知のような錯覚でいるが、実は初めてお会いする「スローな食に、スローな家。」兄弟や、こちらも初めてお会いするマイミクさん、私のテーブルの皆さん、大学4年で就活中の方、25歳には見えなくて、てっきり学生さんかと思った美しいお嬢さん達、先輩の皆々様、ありがとうございました。

来年も参加します。今度は同級生を誘って。みんなー行ぐべねー。

ウニのおにぎり

朝、気仙沼を出て東京に向かう。

気仙沼線」は全線開通してから30周年を迎えたようだ。
そういえば、私が高校1年生の時に「全線開通」した記憶がある。
その気仙沼線の時刻に合わせて、少しだけ始業時間が遅くなったような記がするが、どうだろうか?

全線開通する前から「赤字確実」と言われていたので、地元民としては、乗るたびに乗客数を気にしている。仙台行きの「快速・南三陸」は乗客数も多く、これならばずっと存続していけるのではなかろうか?

道中、母が作ってくれた「ウニご飯のおにぎり」を食べる。旨い。気仙沼は「ウニ」も旨いんだ。特に「気仙沼大島」で食べるウニが良い。
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気仙沼をブラブラと

午前中:東北福祉情報専門学校にて情報ビジネス科2年の皆様の授業を行った。Web制作会社の仕事を実践的に伝えるもの。内容はちゃんと伝わっただろうか?

午後は、リニューアルオープンした「気仙沼プラザホテル」を見に行こうと母を誘う。私の家から向こうの丘の上に見えるが、そのホテルだ。
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「気仙沼プラザホテル」から見る気仙沼湾が絶景。私の家もまる見えなんスけど(^^;
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日光から観光にいらしてる方々が、「海がすばらしい」と話しているのを聞きながら外へ出る。実にすがすがしい良い天気。
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ブラブラと歩いて「ヴァンガード」でコーヒーを頂く。
「ヴァンガード」は気仙沼で最も有名なジャズ喫茶。
時々、ライブが行われる。母と行くのは何年ぶり、、、あれ、初めてかも。
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南町「文信堂」で本を数冊購入。
「文信堂」と、いまはなき「白萩書店」のおかげで、私は読書好きになった。当時はこの辺に子供向けの本があったとか、受験の参考書はここにあったと、懐かしく思いながら帰宅。

今夜は菖蒲(しょうぶ)の日だそうで(旧暦の5月5日なのかな)、2階の窓から、このように菖蒲の葉を垂らすのが慣わし。そして菖蒲湯に入る。こういう事をちゃんと継続している母はえらいなー。一人暮らしだと、つい無精になるだろうに。
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夜は東北福祉情報専門学校の校長先生はじめ、情報の先生と事務局の方々らとの懇親会の席に呼んでいただいた。とても楽しい席で、こういった方々が運営する学校ならば、生徒さんもノビノビと育つんだなー。

美しい季節

今夜は気仙沼です。
東北新幹線、一ノ関で降りて大船渡線に乗り換え。
車窓に、緑色の樹々と青い空が美しい。ちょうど良い季節の帰省です。

昼は結構、暖かかいが夜はそれなりに寒い。母の服を借りて、弟一家と食事をする。甥っ子2人がドンドン成長していくのが楽しみのおばちゃんであります。

それにしても、、、イコーレが閉店した後の南町は、いっそう寂しげに見える。この跡地に、何かが出来るのだろうか。

改装後の「気仙沼プラザホテル」の明かりは美しく輝いている。輝く場所には自然に人は集まる。人を呼びたかったら、まずは自分が輝く努力が必要かもしれぬ。

それにしても、、、明け方にツったふくらはぎが痛いのはどうよ。階段の上り下りでイタタッ。久しぶりに走った後遺症だワン。