「気仙沼と家族」カテゴリーアーカイブ

古川家(ふるかわや)さん

気仙沼市・南町の「古川家」さんが解体されると聞いて「まさか!」と思っていましたら、どうやら本当だったようです。

「風待ち研究会活動報告」さんのページに見納めの写真が掲載されていました(「解体」「古川家内部」)。

親戚の婚礼などの晴れやかな日に、晴れ着を着せてもらって伺った時の、なんともいえない華やかな雰囲気を思い出しています。

最後に伺ったのは、13年ほど前の、弟の結納の日でしたっけ。
気仙沼の大切なものが、またひとつなくなってしまいました。

(後日追加)「スローな食に、スローな家。」さんに、解体される写真が掲載されていました。

また食べたい気仙沼ホルモン

なんでしょうか、また「気仙沼ホルモン」を食べたいのであります。

先日、気仙沼で気楽会の皆さんと一緒に食べた初めての「気仙沼ホルモン」。

素朴な味わいで、意外にもヘルシーで、そしてリーズナブルな価格で、堪能した。

それから数日、「あぁ、また食べたいなぁ」と思っている。

なんでしょうか、この感じは。
何か癖になる味なのねー。

気仙沼在住の人がうらやましいゾ!

祖先はいた!

私が今日このように存在しているということは、祖先がいたわけだが、さーて、そのご先祖様の何代先までわかりますか?

私の場合、祖父の母の祖父までさかのぼることが出来るが、それより先はわからない(少なくとも、私にはわからない)。

祖父の母という人は、オヤマ家・4姉妹の次女だったので嫁にいってしかるべきが、なぜかオヤマ姓を名乗って分家となった。その人の母も女一人っ子で、だから2代続けてお婿さんに来てもらっているが、その前の爺さんという人は、たいそう羽振りが良かったと、オヤマ家伝説として伝えられている。

その時代を知る人がいるわけでなし、こういうのはだいぶ誇張が入るし、そもそも「その人、本当にいたの?」などと思ってる。墓石には名前が彫ってはあるけれど…。

当時の家屋は「昭和4年の大火」で全てを焼失してしまったし、私のところは分家であるし、当時を偲ぶものは何もない(少なくとも私は見たこともない)。

先日、気仙沼の「宮脇書店」で「幕末・明治雑記帳―近代気仙沼庶民誌」という本を手にとった。そこには、幕末から明治にかけての気仙沼の庶民の暮らしぶりが記されている。

また、三日町、八日町、魚町、古町の一部の、当時の住民の氏名が出ている。

どれどれ、私のご先祖も本当にいたのかしら?
「魚町・・・さかなまち・・・」と追ってみると、
「魚町2丁目」の欄にたしかに、その人の名前があった!

生まれは天保12年。
いたんだ!

それ以上のことは何もわからないが、たしかに存在したことと、生年月日がわかり、なんだか嬉しくなった。その本を買って母に見せる。

すると、その人にお嫁に来た方の、何代か後の人から、そちらの家系図のコピーが届いていたと見せてくれた。へぇ。2人が結婚をしたのは、ちょうど江戸から明治に変わるあたりだろう。激動の時代を2人はどのように生きていたのだろう?

仙台で…

仙台で、母の事務的な用事に付き合うことになった。
別に一人でも大丈夫な用事だが心細いらしい。「JRの切符一つ買うのも難しくなった」と嘆いているわけで。

朝の気仙沼線で仙台に向う。
実は私、仙台をほとんど知らない。

母の案内に従って歩くも、「なんだか違うんでない?」
途中で止まって地図を確認。やっぱり通りが一つ違っている。
こんなにわかりやすい碁盤の目になっているというのにね(笑)
記憶力が良かった母にも、老いは等しくやってくる。

用事はスムーズに終了したので昼飯を食べに歩く。
アップルストア仙台はここにあったのかー。
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そして一番町「梅の花」で昼飯を頂いた。女性にちょうど良い量と味付け。安くはないランチに、店内はほぼ100%が女性客で賑わっている。

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そしてまた仙台駅へと向う。
仙台にも有名ブランド店が多く立ち並んでいて、東京と変わらぬ品揃え。なんだか、日本中が東京と同じものを目指しているように思えて、少しつまらなく感じる。

地方は田舎と呼ばれてもいいじゃないか。東京とは違うもの、ここでしか手に入らないもの、そういうモノを大切に育てていかなければ、と思う。

気楽会 そして 気仙沼ホルモン

気仙沼の若者達(昭和50年以降に生まれた方々)で構成される「気楽会」の飲み会に混ぜて頂いた。

場所は「気仙沼ホルモン」の弁天町「ろばた館
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気楽会の皆さんは「気仙沼ホルモン」に光をあて、「気仙沼ホルモン食べあるきガイドMAP」を作成して配布するなど勢力的に活動している。

MAPの表紙には「一度食べたらくせになる3つの秘密は…」とか「気仙沼ホルモンの歴史」が書かれていて興味深い。気楽会ブログからPDFをダウンロード出来る。

詳細はそちらをご覧頂くとして、「味噌とニンニク」そして「キャベツの千切りとウスターソース」がキーワード。あとは、実際に食してください(是非、気仙沼で)。
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その「気仙沼ホルモン」をインターネットでいち早く紹介したのは、「ぐるぐる堂日録」の「気仙沼でホルモンを喰らおう!(1997年)」ではないかと思う。

それが昨年、気楽会ブログによってパワーアップして登場し「気仙沼みなと祭り」に出展したり、エースポートで行われた「ホルモンまつり」でヒートアップした。

ところが、なんと!私はまだ「気仙沼ホルモン」を食べたことがない!
なぜか、と言うと、
私が若かりし頃、
気仙沼ホルモンの店は、男が行く店(って感じ)であった。
少なくとも、若い女性を受け付けない店構えであった。

外にまでモーモーと煙が漂い、大きな暖簾の向こうでは、男連中が酒を酌み交わす、そういう印象であった。

話を聞くと「旨いし、たらふく食べても安い」らしい。
だから、肉体労働系が多い気仙沼においては、男性の胃袋を満たし、明日への活力を付けるには「気仙沼ホルモン」に絶大な人気が集まるのだろう。

最近は若い女性が入りやすい店があり、老若男女に愛される食として定着しているようだ。詳しくは気楽会の「気仙沼ホルモン、全店制覇への道」をご覧ください。

今夜は急な呼びかけにも関わらず、私を含めて10名もの人が集まってくださった。ありがとうございます。皆で「気仙沼の良さを世界にアピールしたい」という気持ちで盛り上がった。地方経済を活性化するのは、地元の人のそういう熱意だと思う。詳しくはマックスが書いてくれたブログをご覧ください。がんばっぺね!

非常勤講師/最終回

気仙沼市三日町にある「東北福祉情報専門学校」での非常勤講師は、本日が最終回。情報ビジネス科2年の皆さんにWeb関係の授業を行った。私もいろいろと勉強になりました。ありがとうございます。

母と待ち合わせて、南町「蕎崖」さんで「山かけそば」を頂く。
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帰る途中、魚町「角星(かくぼし)」さんに展示してある「建物博物館」を見学する(無料)。

「風待ち研究会」の皆さんが熱心に活動している成果が出ていてすばらしい。角星さんは古くからの造り酒屋さん。昭和初期の建物がそのまま残されている。角星さんの電話番号は、市内局番と0001番で、気仙沼で最初に電話番号を取得した事でも有名。
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これは昔の木で出来た看板。この上に金がほどこされていた。
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レトロな事務机も趣がありますのぉ。
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冬の気仙沼

新宿シティーハーフマラソンを終えると急いで帰宅。
シャワーをあびて気仙沼に向った。

気仙沼駅には同級生が迎えに来てくれて、「HPをリニューアルしようかと思っている」というので「XHTML + CSS」で作り替えてはどうか?とミニ講習をする。

慣れるまでは大変かもしれないが、慣れたら、こっちの方が絶対に書きやすいから頑張って。

魚町の「時代屋」でアツアツの「海鮮チゲ鍋」を頂く。
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気仙沼ラブな会

スローな食に、スローな家。」のKENJIさんから、
「今日、飲み会があるんだけど、、、」というお誘い。

「行きまーす!」と返事。
気楽会・東京支部(?)」もいらっしゃるとな。

場所は代々木の「魚がし」さん。
気仙沼市古町出身の方がやってるお店。
私を含めて5人の気仙沼を愛する面々が集まり、美味しい料理と、楽しい気仙沼の話で盛り上がる。

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そうそう「明日、マラソン大会なんですぅ」
「なにす・がんばって!」
「こんな時間まで飲んででいいのすか?」

夜はふけていくのであります。
話題は「気仙沼ホルモン」へと。
店主も「あれは旨い!」って。

「実は、、、私、まだ食べたことがないのです」
「えー! ホントすか?」
「是非、食べてみらい」と勧められ。

楽しい時間はあっという間に過ぎて外へ出る。
うひゃぁ、今日は寒いっちゃね。
気仙沼はもっと寒いんだべね。

東京ミッドタウン

母と東京ミッドタウンに行ってみる。
へぇー、広々してますなぁー。
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予備知識なしに来たけど、ショップがたくさん入っていて楽しめる。

「箸長」さんという箸の専門店(&和風の小物のお店)では母は子供のように気に入り、なかなか出て来ない。私は買い物を待つ父ちゃんの気持ちで、待っている。
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その後は、銀座でお茶して、東京駅で見送る。
こうやって元気で東京見物に来れるってことは幸せな事だね。長い道中、気をつけて。
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