読書:超バカの壁

「超バカの壁」養老孟司・著。

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「バカの壁」は以前読んだ。
その本で「バカの壁」に気付き、その後の私の人生に少なからず影響を与えている。

「バカの壁」に比べると、はるかにはるかに読みやすい。

仕事というのは、社会に空いた穴です。道に穴が空いていた。そのまま放っておくと、転んで困るから、そこを埋めてみる。ともかく目の前の穴を埋める。それが仕事というものであって、自分に合った穴が空いているはずだなんて、ふざけたことを考えるんじゃない、と言いたくなります。

端から見ると養老さんは、自分に合った仕事を選び、それを楽しんでるように思ってしまうが、養老さんだって、このようなお考えを持つ。これを若い人に伝えたい。

若い人が「仕事がつまらない」「会社がおもしろくない」というのはなぜか。それは要するに自分のやることを人が与えてくれると思っているからです。でも会社が自分にあった仕事をくれるわけではありません。会社は全体として社会の中の穴を埋めているのです。その中で本気で働けば目の前に自分が埋めるべき穴は見つかるのです。

私は若い人が「おもしろい仕事」という時の「おもしろい」の定義は何でしょうか?と思うことがある。例えば「ワクワクすること」「やりがいがあること」などでしょうか?

それはどんな仕事でも、自分の思い一つで「ワクワク」出来て、「やりがい」を見いだすことは出来ます。つまり、「おもしろい仕事」というのがどこかにあるというのではなく、どの仕事にも「おもしろさがある」と私はとらえています。そのところを養老さんはきちんと説明してくださっているように思います。

「自分に合った仕事」なんてないと述べました。最近の人は「自分」について考えるのが好きなようです。だから「自分らしく」「自分探し」というフレーズもよく耳にします。
しかし自分とは何でしょうか。

この後がおもしろいのですが、気になる方は読んでみてください。

読書:京都のお酢屋のお酢レシピ

「京都のお酢屋のお酢レシピ」飯尾さとみ、飯尾淳子・著。

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先日、久しぶりにお会いした方が編集を担当した料理の本。
アスキーがお料理の本も出しているのは存じませんでした。

料理する暇がない(と言い訳する)私ですが、料理の本を見るのは好きで、「絶対作ろう!」と思うのであります。

この本には「酢の効用」がいろいろと書かれていて、それを読むだけでも勉強になる。

私の母は「酢の信者」で、なにごとかあるとすぐに「酢を付けらいん」と言う。
例えば、どこかにぶつけてアザを作ったとする。
小皿に酢を注ぎ、脱脂綿にその酢をひたし、それを患部に塗る。
定期的に塗る。これで「早く治る」と信じている。

半信半疑の私であったが、この本にそういった事の効用が書かれていて、あながち昔の人の知恵は間違えていないのかもしれない。

ここにある料理はまだ作るにいたってないが、お手軽に出来るのが「飲料」である。「りんご酢とハチミチ」を大さじに1つずつ入れて(好みで加減してよい)お湯をそそいで飲む。これが結構ツボにはまり、毎日飲んでいる。

健康に良さそうな気がしている。

読書:秋田日記

「秋田日記」熊谷新右衛門・著、伊沢慶治・翻刻、小松 宗夫・現代語解説。

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スローな食に、スローな家。」のKENJIさんからお借りして読んだ。
天保の飢饉、気仙沼は米がとれなくて大変だったそうな。その時に、気仙沼の大工である「熊谷新右衛門」さんが気仙沼を代表して秋田に米の買い付けに行く。その道中を日記に綴ったものを、熊谷さんの子孫が昭和55年に発見し、それをまとめたもの。

おもしろいのは次の記載である。

この気仙沼は仙台藩の北辺、本吉郡北方の区域に合ったが、塩釜、石巻が仙台の玄関港として重視されたのに反して、仙台城下から遠く、ひとり立ち、をしたような港である。したがって有力な地頭も配属されず、代官所があるだけの直轄領で、それだけに町人自治の気風が濃厚であった。

そういうことなんですね。
そういうことから「気仙沼」という土地は独自の言葉、文化を生み出し、またそれを誇りに思うのでありましょう。

そして町人の中から、大工である熊谷新右衛門が選ばれ、秋田に向います。熊谷さんが選ばれたのは大工の頭領として「武士との折衝に慣れている」ことと、天保4年に「伊勢神宮をはじめ讃岐の金比羅、安芸の宮島、山陰の出雲大社、京、大阪、江戸、など5ヶ月の大旅行をしていきた経験からも渉外力は抜群で…」ということである。

そういった経験から、全国的にみて「秋田の豊かさ、明るさ」が記されていて、当時の秋田を知る上で重要な資料となっているようだ。

熊谷さんのイラスト付きの(しかも、そのイラストがうまい)日記が今日まで残っているという事もまたすばらしいことと思う。

気仙沼の歴史を知ることは楽しいことですね。
借りて読んだが、この後、発注することにw。

読書:社員を働かせてはいけない

「社員を働かせてはいけない」蛭田敬子(ひるたけいこ)・著。
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先日読んだ本は「汗出せ、知恵出せ、もっと働け!」で、今日は「社員を働かせてはいけない」というタイトル。対極にあっておもしろい。

著者は、人材紹介などを行う株式会社アイカの代表。
人材ビジネスは右肩上がりに伸びている業界。

「終身雇用」という言葉はいつの間にか遠い昔になってしまい、若い人は数年で会社を変える。近頃では、若い人だけではなく中年も、そして高齢者も、会社を変えて自分流の働き方を探す。そういう中にあって「職を探す人達」と「雇用する企業側」の双方に接する中で感じる事が書かれていて参考になる。

私のような「旧型人間」が当たり前だと思っていたことは、若い人には通じない。例えば「石の上にも3年」という言葉を私は好きだが、若い人は「3年も我慢するなんて、あり得ねー」と思う人は多い。

その中で著者が書く「不戦人間」という考え方に興味を持った。

私が考える新型日本人「不戦人間」の特徴
   楽しくないと頑張れないと思っている
    ↓
   情報が多く選択肢が多い
    ↓
   迷う
    ↓
   決断出来ない
    ↓
   戦うより逃げる
    ↓
   自分らしさにこだわる
    ↓
   自分らしさもわからない
    ↓
   孤独を感じる
    ↓
   仲間を求める
    ↓
   自分を理解してもらいたい
    ↓
   存在を認められたい

この辺に現代の就労のあり方において、会社と雇用者の間でずれていってしまう要因があるのかもしれない。

「働く女性の現実」についても記されている。
輝くキャリア女性がTVで紹介されることもあり、それを見ると「女性の労働条件は劇的に変わったもの」と思っていたが、どうやらそれはごく一部であり、いまだに「眠れる優秀な女性達(特に35歳以上)」がいる現実を知った。もちろん双方に要因はあり、女性は必ずしも管理職を望んでいるわけでもない。

この本は、転職を考える若者から、部下を持った若き先輩や、私のような経営に携わる者達といった幅広い層が、それぞれの立場で興味を持つ本だと思う。特に転職を迷っている方は読んでみるといいかも。

読書:汗出せ、知恵出せ、もっと働け!

「汗出せ、知恵出せ、もっと働け!」丹羽宇一郎・著。

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私が尊敬する経営者の一人丹羽さんの著書。
タイトルが、もう、すごいですよね。

最近は「もっと働け」なんて言ったら、若い人に嫌われちゃいますから、なかなか言えない言葉になったけど、それをズバリ言い切るあたりに信念ある人というのがわかります。

この本は、丹羽さんが講演した内容を記したものです。
繰り返し述べているのは、「日本の自給率の低さ」「世界の水不足」です。そして、我々の借金を子孫に残してはいけない、と強く言っています。

「なぜ働くのか?」という質問されたらどう答えますか?
私も若い方からよく聞かれます。私自身は「なぜ働くか?」などと考えたことはないのです。私は「働きたいから働いているだけ」で、むしろ「なぜ」と考えるのかがわからない、といった具合ですから、ろくな返答が出来ていません。

働くという言葉を、私は「傍」(ハタ)を「楽」(ラク)にすると解釈しています。だから「ハタラク」。「傍」とは、お母さん、お父さん、周囲の人・・・つまり他人を楽にするということです。(中略)
自分のために働く人は、不平不満がたまるものです。なぜならそういう人は、自分がこんなにがんばっているのに、自分がこれだけ働いているのに、それに見合った評価をしてくれないと他人を恨むようになるからです。

どのページのどの言葉も、何度も読み返したい言葉が並びます。働くことに疲れてしまっている皆さんにお薦めしたい1冊です。

読書:国富論

「国富論」原丈人・著。

著者は、「ソフトバンク、楽天はIT企業ではない」と書いている。

私がソフトウェア業と呼んでいるのは、たとえばマイクロソフトやボーランドのような企業がつくる製品です。

サービス業か製造業か。こうした呼び名の問題は、些細なことであると感じられるかもしれません。しかし、これから21世紀型の新しいタイプの産業を生み出していく上でも、形のある「物的工業製品」から形のない「知的工業製品」への移行というひじょうに大きな転換があることを理解する必要があります。

そして「機会が人間に合わせる時代の到来」と続く。

最後の章では、

本当の意味で今後、世界経済の牽引役となる新しい基幹産業を育成していくための課題は、いかに優秀な人材を確保するかにあります。そのためには、国籍にこだわることなく、(つづく…)

「先進国」のなかでもっとも税率の低い国を実現する

などとわかりやすい言葉で書いているので、非常に胸に響く。

読書:iPhoneショック

「iPhoneショック」林信行・著。

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サブタイトルは、「ケータイビジネスまで変える驚異のアップル流ものづくり」

著者は、Macユーザにはおなじみの林さん。
MacExpoのレポート、Microsoftサイトの「mactopia・Apple’s Eye」、ご自身のブログ「nobi.com」、どれを見ても、その視点の鋭さと、深い調査と、わかりやすい文章は、Mac系の様々なレポートの中では群を抜いていると思う。

意外にも、著書は初めてだそうで、それも一気に2冊出ている。
さぞやお忙しかったでしょうに、内容は非常に興味深いものばかり。

iPhoneの日本での発売を心から待ってる私としては、そのデザイン的、ユーザーインターフェース的な事にばかり目を奪われていたが、

「見てわかるすごさ」と「見えないすごさ」

iPoneの「見えないすごさ」が実はすごいということが、この本で知ったという次第です。

携帯市場に、あとから参入したアップルだからこそ出来たのかもしれないが、それまでの常識をいくつも打ち破っている。

では、日本の携帯電話はどうなのか?
日本の携帯電話は、世界に誇れるすばらしいものだと、私も思っている。しかしながら、正直申しますと、私には使いにくい。私にとって不要な機能が多い。多機能ゆえ、必要な機能にたどり着くために、いくつかのステップを踏まないといけない。

この本では、日本でのキャリアとメーカーとの関係をあげている。

日本のメーカーとアップルとの違いは何だろうか。(中略)問題の一つは、「キャリア主導のケータイ業界」に潜んでいる。日本のケータイづくりは、サービスを提供するキャリア主導で進んでいる。次のケータイにどんな機能を搭載するか、何を目玉として販売するかはキャリアが決めること。メーカー主導の提案は却下されることが多いというのだ。

どのメーカーの新製品を見ても、同じような機能、同じようなスペック…と思っていたのは、そういうしくみがあっての事でしたか。

日本メーカーのデザイナーがiPodのステンレス鏡面仕上げの背面を見た時に

「これだといっぱい指紋が付きそうだ」という言葉が口をついて出た。
それに対してアップルのデザイナーは、
「指紋がついたら拭けばいい」と言い返したという。これを聞いた日本のデザイナーは、はっとしたという。

興味深い話はまだまだ続くので、気になる方は是非、お手にとって読んでください。

読書:篤姫の生涯

「篤姫の生涯」宮尾登美子・著。

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NHK大河ドラマ「篤姫」を見ている。
「皇女和宮」は有名だが、その姑である「天璋院篤姫」は「和宮の姑」という程度にしか知らない。

小説を読もうかしらと書店で手にしたが、そちらは上下巻あって「読破出来るか?」微妙だったものだから、こちらにしてみた。

13代将軍徳川家定の正室として、島津藩から嫁いだ「篤姫」だが、将軍はわずか1年半後に死去してしまう。それに「おそらく家定は、夫婦生活が出来なかっただろう」などと書いてある。事実かどうか知らぬが、そのような将軍の元に嫁いだ若い御台様の気持ちは、いかばかりか。

悲しみにくれているばかりではなく篤姫は、幕府を守る、徳川家を守るという使命感がある。

篤姫の芯の強さというのか、こうとあっては何が何でも通すという精神は、次の文からも想像出来る。大奥明け渡しの際に

篤姫だけは「この城はあくまでも神君家康公が築かれた徳川家のものである。女子なれども天璋院がここにあるからには、どうあっても動かぬ」

そこで、お移りをうながす用人は

3日のうちに退去、という命令を3日間だけ退去という言葉におきかえ

そういうことで、やっと大奥を明け渡すことになったようだ。

大奥に使えた女性達もまた、将軍のお手がつかないかぎりは誰とも結婚せずに大奥で働き、一生を終える。大奥というところは、その暮らしぶりを決して口外してはならぬと徹底されているから、細部を知る事が出来ないようだ。大奥に奉公にあがる女性は大奥で死ぬ覚悟をする。

そういった「覚悟」というものは、現代では語られないようになっているのではないだろうか?

「会社に入ったら定年まで働く覚悟」とか「結婚したら死ぬまで添い遂げる覚悟」とか、昭和の時代には当たり前のように思っていたことは、現代ではそうでもなくなった。

何事においても行き過ぎはどうかと思うが、この本を読むと、端々に登場人物の「覚悟」が見えて、その精神的な強さというか、腹が据わっているというか、武士の精神とでもいうか、驚くものもある。

この時代は、どこを切り取っても、誰を取り上げても、ドラマになる。すさまじい変革の時代。たとえば私の先祖など名もない者にも、それなりのドラマがあったかもしれない。

小節の方も読んでみようかと思っている。

読書:鈍感力

「鈍感力」渡辺淳一・著。

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ご存知ベストセラー本。
「鈍感」なわたくしが「鈍感力」を強化してもしょうがないと思い、読むのを躊躇していたが、どうにも気になっていた。

「鋭いですね」などというのは褒め言葉であり、「鈍感」というのは、どう考えても鈍臭くて、ちっとも褒め言葉じゃない。

ところが「鈍感な方が優秀ではないか?」という提起なのだ。

・叱られてもへこたれない
・視覚:見えすぎると疲れる
・聴覚:聞こえすぎるとイライラする
・臭覚:鋭すぎると偏食になることも
・味覚、、触覚、、、と続く。

そういうイライラや偏食が「自律神経」に必要以上の負担をかけてしまうというのだ。

私が唯一、自慢出来る「視力が良い」のは、たしかに目が疲れる。聞いてみると人より余計に疲れている事に薄々気づいていた。そう考えると「鋭い」事がいいという事でもないのかもね。

よく眠り、すっきりと起きられる。
この睡眠力こそ、人間の基本的な能力そのものです。
睡眠力なくして、人間が健康であり、人を愛し、
仕事に専念することはできません。
よく眠れること、これもまた、まぎれもない才能なのです。

私は大変よく眠る。
乗り物に乗ったら眠り、横になったら眠る。

「寝すぎて」人生が人よりも短いのではないか、なにか損をしているのではないか、と思っていた。

ところが、この本では「よく眠れない人」の方が損をしている、というのだ。

眠るまでの時間、起きてから頭が働くまでの時間、そういうウダウダした時間を合計すると、眠れない人ほど損をしているというのだ。そういう考えもあるか。

先日、「気仙沼弁」に「寝で起ぎる」を追加した。
この本には「寝て起きる訓練」という項目がある。

気仙沼の人は、「寝で起ぎろ!」などとしょっちゅう言ってる。これは良い言葉だったのかな?

読書:齋藤孝のざっくり!日本史

「齋藤孝のざっくり!日本史」齋藤孝・著。

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年をとったのでしょうか。日本史に興味が出てきた。

書店でこの本を手にとって最初のページをめくると、

突然ですが、あなたは日本という国について、人にちゃんと説明ができますか?

イタタッ。

正直に告白すると、学生時代の私は、日本史はあまり得意ではありませんでした。(中略)オトナになったいまこそ、もう一度日本史を勉強しなおしてみませんか?

ここを読んだら、そのままレジに並んでいたわけで。

目次を見ると、興味深い言葉が並ぶ。
「仏教にみる日本人のゆるさ」という内容は、薄々思っていた事がこのように文書になると、なんともおもしろい説得力がある。

海外での宗教戦争のような事が、日本人である私には理解しがたいが(逆もそうだと思うが)、それはこの「ゆるさ」という点で合点がいく。

私は子どもの頃、神社での挨拶と、お寺での挨拶がよくわからなくなりました。

そういう経験は誰でもある。

まず日本は、神の数が多すぎるのです。なんたって、「八百万(やおよろず)」ですから、すべてのものにみな神ありなのです。

この「ゆるさ」が全てのものごとの根底にある気がする。

それらを「ざっくり!」とらえれる方法として、「すごいよ!シート」を付けてみることを提唱している。

まず1つのものごとについて、何か「すごい」と思えるうポイントを3つ挙げる。そして、それを人に向かって「これはこういうところがすごい」と言えるようにする。

そういう目で見ていくと「太閤検地すごいよ!」みたいな発見をしていく。ちょっとマネてみようかな。