ダンナは勉強会に参加。頑張るのぉ。一人なので「CoCo壱番屋」さんに行きましょう。
「スモールきのこカレー プラス スクランブルエッグ」、662円(税込)。量はちょうど良いし(男性には少ないでしょうね)、美味しいです!

ダンナは勉強会に参加。頑張るのぉ。一人なので「CoCo壱番屋」さんに行きましょう。
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ランチの後も歩きましょう。ちょっと遠回りします。入院していた「初台リハビリテーション病院」からの帰り道を歩いて見ますか。
病院方向に歩く。その通りの手前で、そうそう、ここに私立高校がありましたっけ。どこだろう? 道をグルグルまわりまして発見。ここでしたか。

山手通りに出る。向こうに入院していた病院だ。ちょうど信号の変わり目で急いで渡る。

病院の裏手側に「渋谷本町学園」がある。渋谷区立の小中一貫教育校だ。今日は祝日だから静か。

方南通りを歩く。「東京大学教育学部附属中等教育学校」がある。東大附属かと思うが、ここから東大に合格するのは難しいらしい。

あとはいつもの道を通って帰宅しました。結構、歩いたなぁ〜。
地下の「新宿三丁目駅」改札近くでダンナと待ち合わせて、伊勢丹・地下2階の「ハタケカフェ(HATAKE CAFE)」さんへ。

祝日。午前中は歩きましょう。地図を見て検討。
中野区の自宅を出て斜めに南下。環七に出て南下。井の頭通りを渋谷方向に向かって進み、代々木公園に出たら、いつもの道を代々木駅に向かって進む。代々木駅から新宿駅に向かって進み、最後は甲州街道を通って新宿三丁目駅へ。
3時間もかからない可能性があるが、まっ、良いでしょう。行くのじゃ。
「十貫坂上」の信号を右手に行き、坂を下る。しばらく行くと「立法寺」が見える。立派。

「立正佼成会大聖堂」のそばを通る。立派。

環七を南下する。井の頭通りとぶつかるので、井の頭通りを代々木公園方向に向かって進む。「代々木上原駅」だ。そう言えば、代々木上原駅を利用したことはない。駅だけでも見て行こう〜。階段を上がって上がって到着。こちらが改札。いつも大勢の人が出たり入ったりしている。凄いねぇ〜。

エキナカにお店が並んでいる。それを見ながら通る。後で検索すると「アコルデ代々木上原」だった。これは便利ですねぇ〜。
進む。「代々木八幡駅」だ。前に見た時は工事中だったが今は普通に利用している。変わりましたねぇ〜。

代々木八幡の商店街を通り、代々木公園に入る。桜が咲き始めている。まだ三分咲きか。

ゴミ箱に「使用禁止」の紙が貼ってある。「3/20(金)まで使用禁止」、ということは明日から使えるのかな?
いつも歩く道を行く。ここから左に行けば明治神宮。今日は右方向(原宿駅方向)に進みます。

今日で終了する「原宿駅」。18歳の私も来ましたねぇ〜。「思いのほか小さくて可愛らしい駅」って思ったことを思い出します。

ただ、よく使うのは「竹下口」でしたっけ。「竹下口」は残るのでしょうか?

サ、「新宿三丁目駅」を目指して突き進みます。「代々木駅」を通り、いつもの道を進み、甲州街道を進み、「新宿駅南口」でダンナにメッセージを入れて進みます。「新宿三丁目」で地下に降りるとすぐにダンナから声がかかる。「ちょうど、今、ここに来たとこ」って、同時でしたね!
今月から入った方がいらっしゃる。活躍を期待してます! そして今月で辞める方もいる。いろいろな人生です。私より先に辞めちゃうなんて、、、。愚痴りますよ。
その後は「番屋」さん。

【数量限定!2時間飲み放題付】~黄金出汁~イベリコ豚のしゃぶしゃぶ(全7品)4000円【宴会】。

今日は乾杯を仰せつかりました。あまり乾杯をしたことがなかったっけ。グダグダになりながらカンパ〜イ。私はジンジャエール。

皆からお世話になった御礼を告げ、主賓からも御礼の挨拶があり、送別の品の贈呈がありました。

元気でね。良い仕事をしてください。寂しくなるのぉ〜。
「中村勘三郎 最後の131日 哲明さんと生きて」波野好江・著。
中村勘三郎さんが亡くなった時、驚きのあまり思考回路が止まった。ウッソー、、、。まだ57歳だった。若い。2012年12月5日。
いまもまだ「あ〜、この役は勘三郎さんがピッタリだなぁ〜」なんて思いながら見る演目はたくさんある。
奥様は1959年4月12日生まれ。私の1学年上になる。ほぼ同世代。早くに未亡人になってしまった。その方が書いた本。
読んで感じるのは「なんだか、あっという間に、アレヨアレヨと病状が悪くなり、そして亡くなってしまった」ような感じ。ご本人も、まさか、亡くなるとは思わなかったのではないかと思うのです。
ファンは「かえって来る!」と思っていたと思う。まさかまさかの事が起きるものだ。
それにしても、このご夫婦は本当に夫婦喧嘩したんですね。そのエネルギーは凄いなぁ〜。若い。
病気については、本によると、最初に「おかしい」と感じたのは2010年10月、11月。それは「うつ病」と診断され、強い薬も飲んでいたようです。しかしながら、奥様がコッソリ薬を差し替えてしまい、それでも何ら変化がなかったという結果も。うつ病って難しい病ですよね。本当のところはどうだったのだろう。
そうこうするうちに、奥様のお父様が亡くなる。2011年10月10日。中村芝翫さん。七代目。踊りのうまい役者さんでした。勘三郎さんはここでもキッチリとなさっている。頭が下がる。
そして病は進行している。最初は「がん研有明病院(2012年6月)」でがん摘出の手術をする。そして「東京女子医科大学病院(2012年8月)」、「日本医科大学附属病院(2012年9月)」。実に3つの病院で名医に診てもらっている。
最後の舞台は2012年7月18日、松本。木曾義仲の役でサプライズ出演。まさか、これが最後の舞台になろうとは、、、。
人に寿命があるのだろうと思う。勘三郎さんの寿命だったのではないか。それにしても若い、そして素晴らしい演者で本当に惜しい。惜しいしか言葉が見つからない。ご冥福をお祈りします。
「旨めぇもん屋 きゅう 鍋横店」さんに行きましょう。

ランチは「フローレット(Floret)」さん。
「薄切り牛バラ肉のぶっかけカレーラーメン」、飲み物付きで900円。

そういえば、今日は白いカーディガンを着ている。カレー色に染まらないように気をつけよう」と思って食べたのは最初だけで、あとはズルズル食べました。ザっと見たところはカーディガンは無事(か?)。
今、読んでいる波野好江さんの「中村勘三郎 最後の131日 哲明さんと生きて」が悲しい。コーヒーを飲みながら涙が出そうになる。勘三郎さんは57歳で逝ってしまった。若すぎるよぉ〜。