同級生を誘って飲み会。初めて入るのは「新(あらた)」さん。
ほや。旨い! さすが気仙沼のほやだ。東京ではこんなに美味しいほやは食べられないなぁ〜。
いろいろな話をして、同級生ってありがたいね。明日は物故祭だね。また明日ね。
同級生を誘って飲み会。初めて入るのは「新(あらた)」さん。
ほや。旨い! さすが気仙沼のほやだ。東京ではこんなに美味しいほやは食べられないなぁ〜。
いろいろな話をして、同級生ってありがたいね。明日は物故祭だね。また明日ね。
レストランエトワアルさんを出て、母をタクシーに乗せて帰し、私は気仙沼をブラブラ歩き。
立派になった気仙沼大橋を渡る。そういえば、大島に渡る橋も「大橋」というから、ネット検索するとそちらばかりがヒットする。違う名前にすると良かったのにね。大島にかかる橋は「鶴亀大橋」の愛称を持つ。「大橋」とつけねばならぬのか、、、。
震災前は、あんな大きな建物はなかったなぁ〜。復興住宅が見える。
「仲町・幸町公園」だそうです。あちらに「宮脇書店」が見える。前の場所に戻ったらしいです。へぇ〜。
そして、魚市場近くにある「小山平八商店」へ。広くなっていて、どこに伺えば良いかわからず、ウロウロ。
事務所に行って、おじさん達へのお土産をヒロちゃんの奥さんに渡す。そして建物を出ると弟が仕事してました。またね〜。
ゆっくり見て行きたいと思ったものの、母から電話。「魚町の実家跡地を見に行こう」とな。了解。
「海の市」さん。今日は外側を通るのみ。
「津波浸水深ここまで」を見ると、やっぱり凄い津波だったなぁ〜。
母から電話が鳴り、「紅梅さんのところで待ってる」とな。了解。新しい建物が出来ている!
母と一緒に歩く。「やまと食堂」さんが新しくなっている! これはビックリ!
魚町を歩く。前回、3月末に来た時はここは歩けなかった。今は道路が立派に出来ている。ただ、歩道がまだ砂利道で歩きにくい。
「ここがオヤマ家の土地」と母が教えてくれた。工事用の建物が建っている。それに貸し出してるそうだ。こんなに狭い土地だったか。前も狭かったが、さらに道路用に土地をとられ、さらにさらに狭い土地になったらしい。母は「海が近くて恐くなった」そうで、魚町に戻ることは諦めかけている。弟はもともと「魚町が好きではない」と言い、この土地はいったいどうなるのだろう。
母と一緒にグルーっと歩いて、三日町に帰りましょう。途中でツルさんの靴屋さん「いわま」で靴を買って帰る。今日はよく歩きました。
親戚宅に参ります。母の弟一家が住む家へ。そして叔母さんが車を運転してくださり、ランチは「レストランエトワアル」さん。
私は、やさいカレーランチ(ソテーした野菜をのせたカレーライス)。
気仙沼は本当に美味しい〜!
父が好きだったお店「宮登」さんに弟が予約してくれてました。GoogleMapを見ると「徒歩24分」と出ている。母に「私は歩いて行く」と伝えると母も「歩く」とか。ヘェ〜、いえね、途中からタクシーに乗ろうというものだったらしい。
化粧坂を通り、立派になった本町橋を通り、ビックハウス本郷店の前を通り、母は無口になりました。「タクシーを呼ぼうか」と聞いてみるも無言。ここでタクシーを呼ぶべきだったなぁ。約束の時間18時半を過ぎてしまった。母が「先に行って」と言うので、私が少し早歩きで店に向かう。弟から電話が鳴る。「申し訳ない。向かっている」と伝えて向かう。到着。宮登さんだ。中に入り、母はまだ歩いていると伝える。
生ビールお願いします。一口飲み「迎えに行く」と伝えると、弟の嫁が「私が行きます」とな。「いえいえ、私が」などと話していると母が到着。汗まみれ。座り込む。予約が多く、私達はカウンター席だ。
お店の方が出してくださる料理を頂く。豆腐にウニだ。美味しい〜!
飲み物は、お酒を頂きますか。弟と二人で「喜祥」。やっと母は話が出来るようになった。
ここまでのお料理は銘々に分けて頂いた。そして、お魚は立派な吉次。こちらは4名で頂きました。
この後は弟の嫁が運転する車に乗せて頂き三日町に帰りました。ありがとうございます!
走る。8km。しかし、、、11kmも行ったダンナに追い越される。トホホ。
「あじいち」さんに20時に予約。
前に一度だけ入ったことのある「ロータスラウンジ」さんの日替わりヌードルSET(木)に「鶏肉のフォー」がある。行ってみましょう。
それにしても店内も暑くて汗をたくさんかきました。毎日、暑いですねぇ〜。
走りました。遅い。暑い。ガクッ。
「居酒屋もんし」さんに行きましょう〜。オ、混んでますね!
飲み物は、月の中(つきんなか)の炭酸割。ダンナは杜翁(もりのおきな)の炭酸割。
外国人留学生の女性が「12月までで帰ることになりました」そうです。それは寂しくなっちゃうが良かったですね。おめでとうございます。様々な人生がある。