春の組織改革

4月からの会社の新組織に向けて準備している。
といっても私は、「組織変更するぞー!」と言い、グループリーダーを決めるまでしかやってない。
その後はグループリーダーが皆をまとめてやってくれている。新しい組織名も、私なぞが考えると、つまらん名称しか思い浮かばないし、そんなのを使わされる皆もモチベーションが上がらないだろう。皆が考えてくれたのは良い。文句なしに「それでいきましょ」
さ、IT企業として、新たな一歩を踏み出そう~。オー!

父の三回忌

父の兄弟を中心に、ほんの身内だけで、宝鏡寺さんで父の三回忌を行った。
「ほんの身内」だけでも20名ほどの皆さんにお集り頂いた。お忙しい中、ありがとうございます。

法要の後は、南町の高級料亭「世界」で会食をした。
今回は人数も少ないので、母は、父が好きだった料亭を選んだ。
私は「世界」さんは初めて。小学校の帰り道、この路地裏の細い道を歩くのが、この辺の子の遊びだった。童心に帰って、叔母と一緒に路地を探すと、あの頃のままにそれは存在し、それを見つけた叔母が「ある、ある!」と子供のように笑った。

景気が良い時代は、気仙沼の旦那衆が芸者をあげて遊んだ粋な場所。
料理がとても美味しい。気仙沼の食のレベルは高い。
「こういうのを東京で食べたら、いくらするかわからないねー」

今回は、気仙沼の友人に声を掛けずに帰省し、連絡もしないまま、気仙沼をあとにした。みずくさくてゴメンね。
3月。一番忙しい季節。
次は、ゆっくり来ようっと。

父の三回忌・前夜

掃除をしたり、お寺に塔婆(とうば)を取りに行ったり、明日のお供え用の果物などを買いに行ったり、そんなことをしていたら、あっという間に夜になってしまった。

一周忌の時は、身内だけで「おたいや」(命日の前日にお坊さんが仏様を拝みにいらして、その後、食事をするという習わし)をしたが、今回は省略させて頂いた。昔はこういうのをキッチリとやっていたんだね。昔通りにやるのは、結構、大変だわー。昔の人はエライ。

in 気仙沼

会社はお休みを頂いて、父の三回忌の法要のために気仙沼に帰った。
金曜日の午前というのに、東京駅や新幹線は混んでいる。そっか、学生さんは春休みかー。
大船渡線から見る景色は、なんとも、のどかでイイですのー。平成の大合併で、ここに見える景色ゼーンブが一関市になった。
早い時間に到着したし、荷物も少ないので、気仙沼駅から実家まで歩いてみると、25分弱で着いた。そんなもんかー。いつもタクシーに乗るから、距離感がわからなかった。

走ってるんだか、ヨロけているんだか

ジョギング部。
「外苑西通りを走り、青山通りに出て、外苑東通りにぶつかったら信濃町方向に戻る」というコースにしてみた。
気仙沼の皆さん、「なんて、都会を走ってっこど」とお思いでしょ?
ところが、案外と裏通りは(シャッターの下りてない→)南町や八日町みたいなもんなのよ。
遠くに「六本木ヒルズ」が見えるのが一番の違いか。気仙沼なら安波山(あんばさん)だべね。

がんばろーっと

「WBCの選手達が帰って来た」という報道をまた見ている。
嬉しいね。なんだろうね、ホントに嬉しいね。
アメリカで日本に帰る選手達と分かれるメジャー組の、名残惜しそうな姿が印象的だ。
日本にとても大きな「勇気」とか「希望」とか「やる気」とか、「がんばれば、むくわれる」とか、いろんなモノをくれた気がする。私達は、まだまだ「やれる!」(チッ、熱くなっちまったぜ)