気仙沼の喫茶店のこと

先日の気仙沼高校・関東同窓会の後、3軒目のお店だったか、だいぶ酔いもまわってきまして、やっぱり出るのは「昔の話」でございます。

当時、私たちの高校は女子校で、それなりに規律も厳しかったのであります。
例えば、「喫茶店に入ってはいけない」というのは、今では「エー!」って感じではないでしょうか。

「喫茶店」では、アルコールが出るお店もありましたから、そういうところで悪い虫がついてもいけないという学校の配慮だったのでしょう。

しかしながら「禁止」としながらも「数軒のみOK」となっていました。OKなお店は、アルコールを置いてなかったように思います。

「法律」を学んだという同窓生が「それって、営業妨害に当りませんか?」って、そうかもしれませんが、当時はそういうものと思ってました。

その数少ない「鼎生・御用達のお店は」というと、
・パド
・珈琲山荘こやま
・紅梅(こうばい)
・藤崎の中にあるパーラー(名前を忘れました)
・丸光の中にある喫茶店(名前忘れました)

だったかと思います。
(記憶違いがあると思いますので、ご存知の方がいらしたらご連絡いただけますでしょうか)

ということで、デートなどの待ち合わせは、もっぱらそういうお店になっていたようです。
気高生(当時は男子校)も、その辺はチェックしてあって、ここなら大丈夫ということで誘ったとか、誘えなかったとか、まぁ、青春時代の思い出でございます。

そういえば、昔は市内に「喫茶店」(アルコールも出る)お店がたくさんあったよね、という話になりました。
「ジャズ喫茶・ヴァンガード」や「茶色の小瓶」、ラーメンも美味しい「喫茶 マンボ」は今もあります。

震災前までは営業していたのは、
・亜紀
・珈琲山荘こやま

そういえば、だいぶ前になくなってるよね、と話したのは、
・アラベスク
・ガトー
・モカ
・門(もん)

もっとあった気がします。

ガトーは、ちょうどJazzを聞き始めた頃に入り、また行こうと思っているうちに時が流れて、そのうちになくなってしまった。大切な場所が、ある日、ポコっと空いてしまった思い出があります。

同窓生らと、あれあれ、それそれ、と名前が出てこないのは年のせいでしょうか、お酒のせいでしょうか。

気仙沼という小さな町に、いま考えると多くの喫茶店があった気がします。
それは形を変えて、「アンカーコーヒー」の明るくておしゃれな空間もあれば、あの震災の後に不死鳥のごとく蘇った「ヴァンガード」のゴリッとしたジャズ喫茶や、小粋なマスターの話が聞きたくなる「茶色の小瓶」や仮設店舗で様子は違っているけれど味はそのまま「喫茶マンボ」があって、それは市民の憩いの場になっています。

そこには珈琲の香りと、文化の香りが、脳のどこかを刺激してくれる不思議な空間として、今も存在しているのだと思います。気仙沼の人は、おもいのほか喫茶店でくつろぐことが好きだと思います。そして、私も。

気仙沼高校関東同窓会2012

気仙沼高校(と鼎が浦高校)の関東同窓会です!
昨年は震災のために中止となりましたので、2年ぶりです。
会場は、九段下の「ホテルグランドパレス」

私は幹事を務めており、10時から準備開始。
名札を用意して、配布物を整えて、11時から受付を開始しました。
11時半から総会が始まります。
私は受付におりましたため、総会には出席出来なかったのですが、いつもの年よりも総会から参加される方が多かったように思います。震災の後、関東に住む同窓生も「何か出来ないだろうか」と思っていらっしゃいます。

気仙沼からも来賓の方がいらっしゃいました。
遠路はるばるありがとうございます。

12時10分から、懇親会が始まりました。
私は「気仙沼を元気にする会」の代表も務めていることなども手伝って、知り合いが増えてまいりました。あちらのテーブル、こちらのテーブル。すべてをまわることが出来ないのですが、皆さん、暖かく迎えてくださってありがとうございます。

その中でも「魚町出身」が4名が立ち話を。
オダさん、イナバさん、ハタケヤマさん、私。
「魚町をなんとかしたい」という思いは一つです。

同窓生「花柳 寿々菊(すずぎく)先生」を先頭に「気仙沼小唄」と「みしおね」を踊りながら練り歩くという試みも、とても良かったと思います。私も、直前に、少しだけ練習して参加しました。

校歌は3つ歌います。
旧・気仙沼高校(男子校)、旧・鼎が浦高校(女子校)、そして新・気仙沼高校(男女共学)。
中でも圧巻なのは、男子校時代の応援歌です。
「時は流れて」これは戦前に作られたものだそうで、軍歌みたいな感じw。

校歌よりも歴史が古く、同窓生の皆さんの力の入れようがすごいです。我々、女子校にはないものを感じました。

私達の女子校は、校名がいくつか変わっています。
戦前は、
気仙沼実科高等女学校
気仙沼高等女学校

戦後の学校改革でこちらに。
気仙沼女子高等学校

そして、定時制が男女共学であることから、校名から「女子」の文字をはずして、「鼎が浦高校」と名前を変えたのは1951年3月。

女学校時代でしょうか、旧校歌をご存知の皆様から、「そちらも歌いたい!」というご希望が出されて、急遽、伴奏なしで歌うことに。私は初めて聞いたと思います。こちらも残しておきたいものですね。
結果的に4曲の校歌と応援歌1つ。

15時までという懇親会は、あっという間に過ぎました。

2次会は近くのイタリア料理店にて行いまして、18時にて解散。
そして、3次会へ。

3次会は、いつもお世話になっております「代々木 魚がし」さんへ。
気仙沼フリークが集まるディープなお店ですw。

こちらは「マンボウ」
気仙沼ではポピュラーな食べ物ですが、皆様にはあまり馴染みがないということを、つい最近まで知らなかったというw、それほどまでに、当たり前に食べている食材です。酢みそで食べるのが一般的。

気仙沼の「かつお」も築地にあがっているそうです。
復活してきました!気仙沼のかつお。お刺身で、美味い!

夜もふけて参りますと、再び、男子校の応援合戦の話題になります。
もう一度「時は流れて」を歌おう!とな。

吹奏楽部出身が、ここの伴奏がこうだったああだったと話は付きません。「三陸の王者も歌おう」と言うので、もう一つの応援歌「三陸の王者」って、タイトルもまた仰々しいですよねw。

この「三陸の王者」を歌いだすと、申し合わせたわけでもないのに、皆さんがいっせいに手拍子を始めました。それが、右手を顔のわきまで上げて、それを振り下ろしてお腹の前で手を叩くという独特のスタイル。全員の手がピタっと合うから圧巻ですよ、ホント。何十年経っても、こういう事って忘れないんですね。

男子校らしく?バンカラな校風だった気仙沼高校。
いまの新・気仙沼高校は、皆がうらやむ男女共学で、さわやかな風が吹いている印象です。母校でありながら母校でないような、くすぐったい気持ちです。

なんだかんだと23時過ぎるまでお邪魔しました。
今年も無事に終わりましたね。
不手際な点もございまして、それは反省会で反省しつつ、来年に備えたいと思います。

先輩方、そして同級生、後輩の皆様、弟の同級生の皆さん、ありがとうございました。
来年、またお会いしましょう〜。

浦島小学校のこと(気仙沼)

気仙沼市に「浦島小学校」という学校があります。

鶴が浦出身の、私の祖母の母校です。
祖母は大正3年生まれ。当時は分校だったようです。

季節の厳しい時期は浦島小学校で学び、気候が良くなると鹿折小学校まで、長い道のりを仲良く歩いて通ったようです。
児童数が少なかったのでしょうね。

祖母は、オヤマ家にお嫁にきて、その後、何年も、何十年にも渡って浦島小学校に、いくらかしらないけれど寄付を続けたようです。

祖母の出来る範囲で、長く、少しずつ、祖母の性格にあったような支援を長年に渡って続けて、何かの学校の行事にも呼ばれてはイソイソと出かけていったのを記憶しています。

祖母は浦島小学校が大好きだったのでしょうね。
私は一度も、その学校をたずねたことがありません。
今度、帰ったら行ってみましょうと、いつも思っていますのに。

その浦島小学校は、震災によって、児童数が激減したため、来年は統合されてしまうようです。

三陸新報に色々と記事が出ていました。
統合にあたって、「校舎は残すこと」と「鹿折小学校までのスクールバスかなにか、足を確保すること」などが地元の方の希望として話されているようです。

また、大島への橋がかかった後に人口が増える可能生を残し、「休校としてはどうか」といった意見も出ているようです。どこまで実現出来るのか、出来ないのか、これからも注目しております。

祖母は、そして、卒業生の皆様はどのようなお気持ちでいられるでしょうか。

震災の爪痕は、いろいろなところに出ています。

祝:佐藤真海選手、パラリンピック出場決定!

気仙沼市出身の佐藤真海選手は、走り幅跳びでパラリンピックに出場することが決まりました!
おめでとうございます。

3度目の出場です。すごいですね、頑張りましたね!
あの大震災でご実家も被災。
大変な時期を過ごされました。
(真海選手は私の日本舞踊の師匠のお孫さんです)

皆様、応援のほど、宜しくお願いいたします。

気仙沼高校関東同窓会2012はもうすぐ

「気仙沼高校関東同窓会2012」は7/14(土)に開催されます。
今年のキャッチコピーは「復興へ、こころひとつに。」です。いいコピーです。

今日は幹事会で最後の調整をいたしました。

今年は、一人の幹事さんが、いまの気仙沼高校を撮影して来てくれて、なかなか良いムービーに仕上がっています。どうぞ、ご期待ください。

お申込がまだの方は、こちらからも申込出来ますから、どうぞ。

気仙沼サポートビューロー(KSB)定例会

「気仙沼サポートビューロー(KSB)」の定例会が飯田橋のルノアールの会議室で行われました。

第2回復興フォーラムの準備や、秋に開催を予定している「気仙沼を元気にする会」のことなど、話題はもりだくさんです。

そんな中、宮城県東京事務所に出向中の小野寺さんをお招きして、被災地への企業誘致の状況などを教えて頂きました。

宮城県の中で最北にある気仙沼は、県の中で最も仙台に遠く、東京に遠いと言われています(言われているだけではなく事実でございます)。宮城県というと仙台が、様々な数値を押し上げていて活気もあるようですが、いかんせん、気仙沼との落差は甚だしく、宮城県の数値と気仙沼の数値の落差については驚くばかり。

顕著なのは雇用問題、人口減少、、、。

これは今にはじまったことではなく、「陸の孤島」と言われて久しい気仙沼は「自分だぢで何とかしねっけ(何とかしなくてはいけない)」という気持ちが支えています。それでも、この被災で心が折れてしまっている方々には、やはり国などの援助が必要なわけでして、問題点はよく見えました。解決の糸口探しは続くのでございます。

気仙沼出身だけではなく、ゆかりのある方々がメンバーに加わり、幅広くなってきていますのは嬉しいことでございます。ボランティアで訪れた方の数も増えていて、御礼申し上げます。ありがとうございます。

日本酒の会!

台風が来ている本日、代官山の「山羊に、聞く?」にて、「日本酒の会」がありました!
気仙沼出身の「ただの主婦(いいえ、全然、ただの主婦じゃないんだけど)が企画してくださっている会です。

本日は「まんだら」とのコラボで、大勢の方が集まってくださり、美味しい日本酒とイタリア料理という組み合わせに舌鼓をうちました。

私は、折壁からお越しいただいた気仙沼高校の先輩(と弟さん)との会話に時間を忘れるほど楽しくて、帰りの東横線がストップしているのも知らずに過ごしました。

写真もありますので、のちほど、アップいたします。

楽しい時間を本当にありがとうございました!!!

三陸新報は年契約してます

東京で、気仙沼の地元紙「三陸新報」を購読しています。
支払いは、年契約で振込をドーンと一括で支払うことで面倒な手間が省けます。

1日遅れではありますけれど、気仙沼の話題がギュっと詰まっていて、毎日楽しみ。
日経新聞より先に三陸を読んでおりまする〜w。

お申し込みは、「購読案内」ページをご覧ください。
電子版もありまして、そちらはリアルタイムで読めると思います。

私はあえてアナログな紙で読んでおります。

祝:ロンドンオリンピック出場

気仙沼から2人の選手がオリンピックに出場します。
おめでとうございます!!

フェンシング男子:千田健太選手
フェンシング女子:菅原智恵子選手

菅原選手と私と同じ高校の出身。鼎が浦高校。
いまは気仙沼高校に統合されましたけれど、フェンシングの伝統校でございます。
今回は3度目のオリンピック、前回は日本人初の7位入賞をはたしています。
(その後に太田選手が銀メダルに)

千田選手は2度目のオリンピック。

パラリンピックの走り幅跳びには、佐藤真海選手が内定しています。
(正式決定は7/3だそうです)
真海選手も3度目の出場です。

皆さん、すごいですね〜。
実家が被災されたり、この4年は本当に大変な日々だったと思います。
オリンピック当日まで、どうぞ、お身体に気をつけて。応援してます!

気仙沼にふるさと納税しました

今年もふるさと納税しました〜。
気仙沼まちづくり応援寄附金(ふるさと納税)」ページをご覧ください。

昨年は義援金という形で納めました。
今年は、ふるさと納税のページが復活しています。
1万円以上納めた方には「特産品送付」もございます。

毎年、小額でもいいから続けようと思っています。
確定申告をすると住民税に控除がありますから、ほんの少しの手間はかかりますが、な〜に、思うほど大変ではありません。お気持ちをひとつ宜しくお願いいたします。