気仙沼サポートビューロー(KSB)定例会

「気仙沼サポートビューロー(KSB)」の定例会が飯田橋のルノアールの会議室で行われました。

第2回復興フォーラムの準備や、秋に開催を予定している「気仙沼を元気にする会」のことなど、話題はもりだくさんです。

そんな中、宮城県東京事務所に出向中の小野寺さんをお招きして、被災地への企業誘致の状況などを教えて頂きました。

宮城県の中で最北にある気仙沼は、県の中で最も仙台に遠く、東京に遠いと言われています(言われているだけではなく事実でございます)。宮城県というと仙台が、様々な数値を押し上げていて活気もあるようですが、いかんせん、気仙沼との落差は甚だしく、宮城県の数値と気仙沼の数値の落差については驚くばかり。

顕著なのは雇用問題、人口減少、、、。

これは今にはじまったことではなく、「陸の孤島」と言われて久しい気仙沼は「自分だぢで何とかしねっけ(何とかしなくてはいけない)」という気持ちが支えています。それでも、この被災で心が折れてしまっている方々には、やはり国などの援助が必要なわけでして、問題点はよく見えました。解決の糸口探しは続くのでございます。

気仙沼出身だけではなく、ゆかりのある方々がメンバーに加わり、幅広くなってきていますのは嬉しいことでございます。ボランティアで訪れた方の数も増えていて、御礼申し上げます。ありがとうございます。

日本酒の会!

台風が来ている本日、代官山の「山羊に、聞く?」にて、「日本酒の会」がありました!
気仙沼出身の「ただの主婦(いいえ、全然、ただの主婦じゃないんだけど)が企画してくださっている会です。

本日は「まんだら」とのコラボで、大勢の方が集まってくださり、美味しい日本酒とイタリア料理という組み合わせに舌鼓をうちました。

私は、折壁からお越しいただいた気仙沼高校の先輩(と弟さん)との会話に時間を忘れるほど楽しくて、帰りの東横線がストップしているのも知らずに過ごしました。

写真もありますので、のちほど、アップいたします。

楽しい時間を本当にありがとうございました!!!

三陸新報は年契約してます

東京で、気仙沼の地元紙「三陸新報」を購読しています。
支払いは、年契約で振込をドーンと一括で支払うことで面倒な手間が省けます。

1日遅れではありますけれど、気仙沼の話題がギュっと詰まっていて、毎日楽しみ。
日経新聞より先に三陸を読んでおりまする〜w。

お申し込みは、「購読案内」ページをご覧ください。
電子版もありまして、そちらはリアルタイムで読めると思います。

私はあえてアナログな紙で読んでおります。

祝:ロンドンオリンピック出場

気仙沼から2人の選手がオリンピックに出場します。
おめでとうございます!!

フェンシング男子:千田健太選手
フェンシング女子:菅原智恵子選手

菅原選手と私と同じ高校の出身。鼎が浦高校。
いまは気仙沼高校に統合されましたけれど、フェンシングの伝統校でございます。
今回は3度目のオリンピック、前回は日本人初の7位入賞をはたしています。
(その後に太田選手が銀メダルに)

千田選手は2度目のオリンピック。

パラリンピックの走り幅跳びには、佐藤真海選手が内定しています。
(正式決定は7/3だそうです)
真海選手も3度目の出場です。

皆さん、すごいですね〜。
実家が被災されたり、この4年は本当に大変な日々だったと思います。
オリンピック当日まで、どうぞ、お身体に気をつけて。応援してます!

気仙沼にふるさと納税しました

今年もふるさと納税しました〜。
気仙沼まちづくり応援寄附金(ふるさと納税)」ページをご覧ください。

昨年は義援金という形で納めました。
今年は、ふるさと納税のページが復活しています。
1万円以上納めた方には「特産品送付」もございます。

毎年、小額でもいいから続けようと思っています。
確定申告をすると住民税に控除がありますから、ほんの少しの手間はかかりますが、な〜に、思うほど大変ではありません。お気持ちをひとつ宜しくお願いいたします。

箱根〜芦ノ湖へ

「箱根湯本」に来ております。
そういえば、箱根湯本駅に泊まるのは初めてです。
骨折した母が、横になると、どこかがあたるのか「痛い、痛い」と言っておりますので、まぁね、骨折してますから、数ヶ月はしょうがないんですけど、少しでもなぐさみになればと温泉に来ております。

朝起きますと、昨日の雨がウソのように晴天。

箱根登山電車」で箱根湯本から強羅に向かいます。あじさいは咲き始めたばかりでした。下の方は咲いているけれど、少し上がると、まだまだこれからでした。来週、再来週あたりは見頃でしょうか。

ロープウェイを乗り継いで芦ノ湖をめざします。
下を見るとこわーい。

芦ノ湖に到着すると「海賊船」に乗って、芦ノ湖の旅。
その昔、母が仙台の学校に通っていた頃に箱根には来たけれど、天気が悪くて遊覧船に乗れなかったとかで、嬉しそうでした。
「海みたいに広いねぇ」

「元箱根港」近くの「箱根家」さんでおそばを食べまして、

玉村豊男さんの「ライフアートミュージアム」をブラブラと見てまわり、

近くの「らをや」さんで、お抹茶頂きました。
和菓子も手作りされているそうです。
お茶は裏千家だそうでございます。

帰りもまた、のんびりとロープェイを使って降りて、箱根登山電車で箱根湯本へ。
箱根湯本駅のコインロッカーに預けていた荷物を取り出し、少しばかりのみやげを買うと、弟一家が待つ横浜に向かって、旅は終わりました。

箱根はやっぱり良い場所ですねぇ。

母があまり興味がなかったので「箱根駅伝ミュージアム」には行けずじまいだったので、今度はそういったところも行ってみたいと思ってるのでございます。

小田原城を見て、箱根湯本へ

母が、ある用事で上京いたしました。
用事は月曜日にありますので、本日と明日は私とぶらり旅です。

昼ごろ、東京駅に迎えに出て、駅内で「そば」を食べると、東海道新幹線で「小田原」へ。

小田原駅は通過点で、ほとんど下車することがないですよね。
ここで降りて街の中に出るのは初めてです。
駅は立派ですね〜。小田原ちょうちんでござる。

降りてみました。イザ小田原城へ。

あいにくの雨なので、100円ショップで買ったカッパを着ての移動です。
小田原城は、思ったよりも駅から近くて、城址公園に入るまでは5分程度ではないでしょうか。

天守閣の中を見ることが出来ます。
拝観料は400円。母は障碍者手帳を見せて無料で入れて頂きました。
私も介添えということで無料になりました。ありがとうございます。

天守閣は5階までありました。
ゆかりの品々が展示されていて、見応え十分ですゾ。

外に出ると雨は上がっていました。

個人的には、もっと城内を色々と見てまわりたかったのです、さすがに母は足腰が弱っているようです。好奇心も以前に比べたら半分くらいでしょうか。
それでも、同年代のご婦人と比べると好奇心旺盛な方だとは思います。

ま、私はいつでも来れますから、、、。
本日の宿「箱根湯本」に向かいます。

「箱根湯本」駅で下車すると「あじさいばし」というのがあり、それを渡りますと、本日のお宿「湯本富士屋ホテル」がありました。駅から近いんですね。

チェックインすると「広いお部屋が空いているのでアップグレードいたします」そうな。これはラッキーです。

お部屋に通されますと、エエエ〜〜〜、何をどう間違えたのか、、、すごい広いお部屋です。
こんなテーブルまであります。ヘェー。

母が「あんだ、、、間違えだんでないのすか?」と心配そうに見ます。
私も、「あのぅ」とベルボーイさんにたずねると、こちらで良いそうです。
あまりに広くて、どこに荷物を置いたらいいのでしょう?w。

喜び勇んで、ダンナや弟に電話かけまくりで、「すんごい広いよ!」と大興奮でございます。

夕食付きのプランでの宿泊。
夕食は「和食」か「中華」か「フランス料理」から選択が出来ます。
母は「フランス料理!」とな。

普段、食べることの出来ないものに、果敢にチャレンジする母でございます。

食事の後は「ほたるの里」に参りました。
ホテルのすぐそばにある「ほたる公園」に「ほたる」がすごーいたくさんいました。

目が不自由になった母にもシッカリ見えるほど、たくさんいます!
あっちにいる、こっちにもいる、わーわーと、しばし大興奮。
ステキな旅になりました。

気仙沼サポートビューロー(KSB)定例会

「気仙沼サポートビューロー(KSB)」の定例会が飯田橋のルノアールの会議室で行われました。

気仙沼出身者らの飲み会からスタートしていますが、気仙沼の役に立ちたいと思っているうちに、きちんとした組織になり、そして、「これから」をいつも考えています。

今年に入ってからも、気仙沼市町を招いてのフォーラムや、勉強会などを催して来ました。

それぞれに仕事の合間での活動ですから、制約は多いけれど、その中で、私達に出来ることを見つけて進んでおります。次回は7月上旬に定例会開催予定です。

気仙沼「たにぐち」にてランチ

気仙沼「たにぐち」のおかみは、同級生のリョウコちゃんです。
あの震災で、お店(お寿司屋さん)もご自宅も流されてしまった「たにぐち」さん。

復興屋台村「気仙沼横町」という仮設店舗で営業再開したとテレビで見ました。
そうこうしているうちに、新町(旧いろりというお店跡)で営業しているという噂を聞きました。

もう、今日は東京に戻らねばならないのですが、行ってみましょう。
母と一緒にランチです。

母のアパートから駅に行く途中なので、通り道になります。
お店の名前は「地物屋 たにぐち」となっていました。
(宮城県気仙沼市新町6-5 TEL:0226-21-3038 定休日は水曜日)

お店に入ると、リョウコちゃんが「あれ〜!久しぶり〜!」と迎えてくださいました。
遅くなってごめんなさい。

お互いに「今はどうしているか?」とか、「あの時、どうしてだのっさ?」とか、話は尽きません。

仮設で営業再開が決まった時、着物も全て流されてしまったため、着物はレンタルしたそうな。
それを聞いた東京の方が「今はもう着ないから」と着物を送ってくださった方がいらしたそうです。

それが本当にありがたいって。

お店には「東スポ」に掲載された「渡辺謙」さんとお客さんの皆さんと一緒に撮った写真が飾られていました。
渡辺謙さんがお店で気さくに話してくださること、支援してくださったことが本当にありがたいって。

話は尽きないのですが、汽車の時間も迫っております。
お昼のメニュー、2100円のランチをお願いしました。

とても美味しいです。
元々は、気仙沼でもトップクラスのお寿司屋さんです。
次は、夜にお寿司を食べに来ましょうね。

私たちの年代(50歳前後)で被災した友人らは、その状況が人によって大きく異なります。仕事を再開出来た方も、いまも再開出来ぬ方もいます。なんとも難しい年齢になりました。

とにかく、働ける間は働きましょうね、とエールを交わして、駅に向かいました。

今回もまた慌ただしくやって来て、慌ただしく帰ります。
弟一家にも会えず、同級生にも会いに行けず、、、
というのは、昨日のマラソンの後は、疲労困憊で夜はひたすら寝ていたのです。
ダンナは一足先に帰りまして、私と母はゴロゴロ寝ていたという・・・。

そんな私と、母を見舞って、同級生のマミちゃんが、母の小さなアパートに来てくれました。
ありがとね。感謝、感謝。
慌ただしくてゴメンね。

気仙沼大島ランフェスタ(ハーフ)

「気仙沼大島ランフェスタ」ハーフの部に出場しました。

キャッチコピーは「楽しむことが支援になる」いいですね〜!
それにしても、準備期間はとても短かった中で、このようにイベントを開催するには、スタッフの皆様の並々ならぬ努力があったと推察します。

朝、エースポーとから大島行きのフェリーに乗ります。片道400円。
エースポートの切符売り場は仮設です。

今日はJNNニュースの取材を受けたので、TV局の方が時々、撮影してくださっています。
少しでも気仙沼のことが放送されるなら!とお受けした次第です。

私は震災後、初めて大島に参りました。
本当はすぐにでも駆けつけたかったのに、、、遅くなってすみません。

母とダンナと一緒です。

船着き場を降りると、そこにあるべきはずのお店が一つもなくなっていました。
おつぎやのバッバも、震災の犠牲になったと聞いていましたが、その跡を見ますと言葉を失いました。

船着き場から大島小学校に歩きます。
上り坂。

下り坂も。

あの日、大島の被害は大変に大きなものでした。
そして離島のために物資が届かないというご不便がありました。
そのことを思い出しながら歩きます。

大島小学校で受付です。

記念品いただきました〜。

ゼッケン番号は「1009」
「大島よ永遠に緑の真珠であれ」のキャッチコピー。
大島を「緑の真珠」と詠んだのは、大島出身の詩人・水上不二さん。

荷物を預けてトイレを済ませると、スタート会場である「ふれあい広場」に向かいました。
小学校から5分とアナウンスしていました。下り坂です。

気仙沼のランナーと再会しました。
皆様、ご無沙汰してしまってすみません。

チバさん、ミシマ先輩、シンイチ君、サイトウさん。
皆さん、お元気そうで良かった。

北海道からいらしてくださった、ヤマカミさんご夫妻、ハシさん、ありがとうございます。
復興箱根駅伝に参加してくださった平成国際大学の皆さん、気仙沼にようこそ!

タカハマ君の会社の若いお嬢さん達にも会いました。頑張ろうね☆

オオオっと、マラソン完走クラブの練習会でご一緒しているクマガイさんは、東京を引き上げて気仙沼にUターンしたそうです。しかも昨日から!

スタート会場はちょっとした同窓会です。

毎年開催されていた「気仙沼大島つばきマラソン」と比べると、若い方が圧倒的に多いことに驚きました。しかも!若い女性が多いです。華やかですのぉー☆

関東方面からいらしている方が多いように思います。
言葉が関東ですw。

ステージでは菅原市長や衆議院議員・小野寺五典君(同級生)もスピーチしてました。
ゲストランナー「長谷川理恵さん」もステージに立っているのを遠くから眺めました。
遠くから見ても、肌はツルツルで美しいオーラが出てましたよ〜。
田中律子さんもいらしているようです。

こちらには花の鉢植えを色通りに並べてロゴを形作るというもの。

さ、いよいよスタート時間が迫っています。
最初は10kmの部が10時スタート。

ふれあい広場から、車道に出て、スタート地点に移動します。
ハーフの部は10時10分スタート。

テレビカメラさんも一緒にいらしてます。
重い荷物を持って、選手よりも大変です。

本日、ここに立てたことに感謝します。
主催してくださった皆様、大勢のボランティアの皆様、大島の皆様、本当にありがとうございます。

号砲!
ワーーー!
ハーフの旅に出ます。

最初はダンナも一緒ですが、ほどなくして私が前に出ました。
コースはアップダウンがあって、なかなか厳しいコースです。
しかも、暑い!

これは給水をまめに取らないと貧血になりそう。

少し行くと、ダンナに抜かされました。
「がんばれよー」とか言っちゃってます。
悔しいけど、マイペース、マイペース。まだまだ序盤。

ときおり吹く風が心地よく、塩の香りがします。
空は青く、樹々は美しい緑。藤の花が咲いています。
昨年のあの大津波がウソのように、海はおだやか。

大島の方々の応援は「がんばれ」ではなくて「ありがとう」でした。
「大島に来てけで、ありがとね」

ハイタッチした若い男性には、
「なんと、いい息子だ」

おばあちゃん達の笑顔にランナーは勇気を頂きます。
それにしても、沿道の応援者の年齢は高いです。
皆さんが力を合わせて、震災を乗り越えようとしているんですね。

前から落ちてきたダンナをつかまえて抜き返しました。
へへへー。

アップダウンが続きます。
美しい風景の中にガレキの山があります。
土台だけ残って、家がなくなってしまったところもたくさんあります。

走りながら、ジーンと来ました。
私にいったい何が出来るのだろう。
私は今ここにいないのに、、、
帰ってきたい、けれど今は帰れないのです。ごめんなさい。

いかん、少し行ったところで、後ろからヒタヒタと近づいてきたダンナに抜き返され、今度はスーっと前に行っちゃいました。力をつけましたなぁ。私はマイペースです。

テレビの方が、走る私と一緒になって、走りながらの撮影です。
重いカメラを持って、いやぁ、大変でしょうに。すみません、私も力をゆるめずに参りますよー。

大島の皆さんの多くの方に「ありがとう」「どうもね」と声を掛けながらのランです。
可能な限り、ハイタッチも。
お互いに、ありがとう、ありがとう!

もうすぐゴールが近づいています。
すると、オオ、前方にダンナの姿を発見。
もっと前に行ったと思ったら、意外に近い?

私は上り坂で距離を縮めるも、下り坂で引き離され、そうこうするうつに20km地点を通過。
あと1キロ。
そこで、テレビの方からインタビュー。

ヘーヘー・ゼィゼイしながら応えてるうちに最後の折り返し。
折り返した後に坂道を登るなんて、ホントこれはきついわ。

そして、ゴールです!
ダンナとは1分ほどの差でした。悔しいですのーw。
不思議ですけれど、身体は疲れているのに、大島と一帯になって、まだまだ走っていたい気持ちになりました。

手元の時計ではこのような結果です。
スタートまで:数秒
5km:29:26
10km:28:15
15km:27:52
20km:26:38
ラスト:6:13
———————————–
合計:1:58:27(正式タイムは1:58:24)

勢力的に取材してくださったのは「JNN三陸臨時支局」さん。
震災後に、気仙沼プラザホテルを拠点にして、被災地の様子を全国に届けてくださっています。担当しているのは、JNN系列の全国の記者さん達。私の担当はテレビ山口のヤナギダさんでした。

とても良い方で担当してくださってありがとうございました。
翌日の昼のJNNニュースで全国に流れました。
あの後で、まとめる仕事をされていたのですね。さぞやお疲れでしたでしょうね。ありがとうございました。

大島は、本当に美しい「緑の真珠」です。
ぜひ、来年も来てけらいね。