心で、Do!

「心で走る」と言われています。
マラソンを走っていると、途中で、辛くて辛くて止めたくなる、投げ出したくなる。
でも、最後まで走るゾ!という「気持ち」が完走を支えています。

どういう時に、そういう「気持ち」が出来るのかというと、

私の場合は、「仲間が応援してくれる」とか、「仲間が走っているから私だけ止められないわ」とか。

考えてみると、自分一人は弱いもので、いつも仲間に助けられています。

今年・・・・

あの大震災があり、私は、すっかり凹んでしまいました。
いえね、いまだ凹みはありますよ。でも、だいぶ良くなりました。

震災があって、私は何もする気が起きなくなってしまった。

あんなに大好きだった仕事も、走ることも、音楽も、読書も、
もっと言うと、食べることも、寝ることも、
何をする気も起きない。気力がなくなってしまった。

それでも、仕事だけは、穴を空けまいと歯を食いしばっていました。
そんな状態ではミスを連発して、会社の連中に迷惑をかけっぱなし。
これまで、そんなミスなんかしたこともないのに。

そして、ハタと気付いたのです。
例えば、社員にミスの多い方がいるとします。社員とは限りませんね、一緒に何かをしていく仕事上の知人や、仲間、etc…。

私は、どうして、そんなミスをするのか、まったく理解出来なかった。あの震災までは。

でも、何か少しわかりかけた気がします。
もしかしたらですが、「心」が仕事に向えない状態にあるのではないでしょうか。

何か心配ごとを抱えていたり、自分に自信がなくて常に不安に思っていたり、心が集中出来ない何かがあるのではないでしょうか。

私でさえ、このまま進むと心の病気になっちゃうんじゃないかと真剣に悩みました。それをどう乗り越えたか。

結局は、走りました。
いえね、最初は走れません。
だから、歩きました。

ただただ、呆然と歩きました。
最初はね、歩くことさえ辛かった。
でも歩いた。

そうして身体を動かして、なるたけ人と会話をして、食べたくもないけれど、何かを無理矢理食べて。

そして、変な話ですけれど、気仙沼の情報から、少しだけ間隔を置いてみるということもしました。

なぜなら、私は、全てを捨てて気仙沼に帰ってしまいたいという衝動にかられていて、でも、今、それが出来ない自分がいて、それが辛かった。だから、あえて少し距離を置いてみたりして。とにかく思いつくことはやってみた。どうしようもない心の置き所がなくて、それを探してさまよっていた。

そうやって、本当に辛い8ヶ月を過ごして、やっと、少しだけ前に向かってる気がします。来月、本当に久しぶりに、バンドの練習会に参加することになりました。これも、私をゆっくり待ってくださった仲間のおかげです。私一人の力ではないのです。

そのきっかけは、自分が実行委員長を務めさせていただいた「気仙沼を元気にする会」でした。あの会は、気仙沼を元気にしたいという思いで始めましたが、会を開いて気がついたのは、自分を元気にする会だったのではないかという事です。

もし、バリバリ仕事するとか、新しい事にチャレンジするとか、そういう事が出来なくてお悩みの方は、心が前向きになれない原因を探ってみるといいと思います。そしてその原因を解決する方法を模索してみます。

震災までの私は、気持ちの上では弱者ではなかったろうと思います。いつも前向きに生きていた。それだけが取り柄でしたから。

だから、気持ちが弱っている人の気持ちというものをわからなかった。社員を指導するのであっても、まったく、気持ちがわからなかった。でも、今は少しだけわかる気がします。

「心」を元気に。
そうすれば、きっとモチベーションがあがり、良い仕事が出来ましょう。

「心」を元気にする方法は人によって異なるけれど、ちょっと身体を動かしてみるのも効果的のように思います。それでも、人によって差はありましょうが、50歳になった私の場合は8ヶ月はかかったということです。そのように数ヶ月ものスパンで考えて、焦らずにゆっくり過ごしてみていいのだと思うようになりました。

そして、ご心配をおかけした皆様、私は元気になりました。
もう大丈夫です!

ご無沙汰してしまった皆様、申し訳ございません。
これから明るい笑顔で会いに行きます。

AUGM、気仙沼で出来たら!

AUGMってご存知ですか?
「Apple User Group Meeting」の略で、全国各地でMacユーザが集まるイベントを開催しています。

東京にはAUGM東京があります。

九州地区は、とても熱い会が繰り広げられています。
これは有志の皆さんが開催しているボランティアのイベントなんです。

その気仙沼版をやろうという思いで、突っ走りそうです。
誰か、止めて〜。
やっぱ、止めないで〜(^ー^)。

気仙沼近郊にお住まいのMacユーザの皆様、iPhone、iPadユーザの皆様、それが気仙沼で開催されたら嬉しいっちゃね!?

やってみましょう。やってみっぺ。
わー、ワクワクするわぁ〜。

第30回 ねりま光が丘ロードレース(10km)

「第30回ねりま光が丘ロードレース」の10キロの部に出場しました。

滅多に10kmの部には出ないのですが、来週はつくば(フル)があるので、走り過ぎないように慎重になってみました。

昨日は大雨。さぁ〜て、今日はどうでしょう?
あら、起きてみると雨はあがっていました。
それどころか、会場に向って電車に乗っていると、ドンドン気温が上がっています。

今日の会場は自宅から近いです。
丸ノ内線の「中野坂上」から大江戸線に乗って17分の「光が丘公園駅」下車ですから、楽です。助かります。

駅を降りますと、ランナーとおぼしき方々が会場に向って歩いています。いちょう並木が美しいですね。

本日のゼッケン番号は「2330」。

女子40歳以上の部に並びます。
うっかり、前の方に並んでしまいました。これは失敗。
あららと思っていると、知人に会いまして、話しているうちに列から出ることも出来ずにそのままスタートするか。

9:30 start!
本日、ここに立てたことに感謝します。

スタートとともに、トラックにダーっと走り出します。
前の方に並んでしまったため、まわりに歩調を合わせたら、速く突っ込んでしまった。これは最後まで持つまい。

心配通りで、その後、徐々に遅くなったものの、1キロの地点で時計を見ると4分30秒ぐらいですから、これは速すぎる。その後からは、もうメロメロですよ。

この大会には、2007年11月にハーフの部に出場したことがあります。
ハーフは周回コースを4周か5周します。
途中から飽きてしまって、当時は、ハーフが2時間7分ぐらいでしたっけ。

今日は10キロですから、飽きることもないでしょう。

気温は上がっているようです。
この時期に半袖のおだづなよTシャツで出場。天気予報では23℃まで上がるとか。

10キロを50分切りというのが一つの目標ですが、1キロごとに距離表示が出ていて、確認すると5分強になっているから、あ〜、これはまた目標には届かないなぁと心が折れそうです。

あと少し速くなるのは、どうしたらいいのでしょうか?

10キロの部に出場するのは、毎年、気仙沼大島の「つばきマラソン」だけでした。
今年のつばきマラソンは中止になり、来年の開催も無理ではないかと思うので、今日は精一杯走りたい。

つばきマラソンは、アップダウンが厳しいが今日は平地です。
本来なら自己ベストを大きく更新してもよいと思うのだが、、、。

ヒーヒーゼイゼイ言いながら、やっとゴール。
手元の時計の記録はこちら。
5km:25:06
10km:25:36
————-
合計:50:43(正式記録は50:44でした)

かろうじて、自己ベストは更新しましたが、なんとも、あと1分を縮めたいのだがなぁ〜。

10キロの部が終わる頃に、ハーフのスタートです。
スタートを見ておりました。人の走りを見るのも楽しいものです。

本日の参加賞はバスタオルと、ハンカチタオルでした。

読書:気仙沼に消えた姉を追って

「気仙沼に消えた姉を追って」生島淳・著。

生島さんのお姉さんは、あの大震災で行方不明になってしまった。
私は、生島さん兄弟をTVなどで存じ上げていたが、実際にお会いしたことはない。それが、あの震災の折りに、ツイッターを介して、淳さんと直接、連絡を取ることになった。

あの時・・・

私達は、身内の情報を求めて、ネットをくまなく検索していた。小さな情報をも見逃したくはなかった。TVを付けながら、パソコンに向って、ツイッター、mixi、Google Person Finderを行ったり来たりしていた。

少しずつ情報が出て来て、安堵する者、落胆する者、そして、いまだ消息がわからずに辛い日々を過ごす者。あの思いは、まるで昨日のことのように覚えている。生きた心地がしない、それがどういうことか。今、思い出しても胸が詰まる。

あれから8ヶ月が経った。

生島さんのお姉さんは、DNA鑑定によって見つけ出された。
「お姉さんらしき人が見つかったらしい」という情報が入った頃にも、たまたま、お会いしていて、その時のご様子もまた、思い出される。

見つかって安堵する気持ち、そして、もう戻らぬという深い悲しみ。
言葉を発せずとも、その思いは強く感じた。

この本は、そういった生島家のことだけではない、気仙沼という土地柄を実によく描いていて、読み始めたら、最後まで読み切るまで本を閉じることが出来ない。

斉吉商店さんの話には、気仙沼の廻船問屋のことが、昭和の、気仙沼が最も輝いていたであろう栄華の日々を垣間見せながら、そのしきたりとでもいうのだろうか、気仙沼に住んでいても意外に知らぬ人も多かろう事も書かれていて、奥の深いものになっている。

生島家が気仙沼で生活するようになるいきさつについては、(生島家だけではなく)「気仙沼というところは商売になるらしい」ということで、色々な地方から人が寄り着いたという話は、伝説のように聞いていたが、実際に活字で読むのは初めてかと思う。

淳さん、書いて頂いてありがとうございます。

多くの人に読んで頂きますよう、書店にございましたら、お手にとってご覧ください。そして、出来ますならば、お買い求めくださいませ。

私達は、なぜか気仙沼という太い糸に引き寄せられたようです。
いま私は東京に暮らしているけれど、どこに住んでいても、気仙沼に思いを寄せる出身者は実に多いのです。それぞれが、それぞれの立場で出来ることを、これからも続けていきましょう。

この本は、私の宝物の一つになりそうです。

映画「無情素描」

18時過ぎにメールチェックすると、横浜の弟からのメールを発見。
人間ドックに入っていて、チェックが遅れました。

「震災後の気仙沼を映した映画「無情素描」が、今日だけ上映される」とな。
「一緒に行かないか?」とのお誘いだが、時計を見ると、あらら18時過ぎている。映画は19時開始。

迷う暇もない。すぐに外へ出る。
参宮橋駅近くの「国立オリンピック記念青少年総合センター・小ホール」へゴー!

参宮橋で弟と電話連絡を取り合い、一緒に会場へ。

映画「無情素描」大宮浩一監督の作品。

その映画は、4/28〜5/4までの気仙沼。
ちょうど、同時期に私も気仙沼に参りました。その時の記憶が鮮明に思い出されます。

玄侑宗久さんのお話、そして「お経」。

インタビューもあります。
これ(気仙沼弁)、字幕無しで皆さんに通じているのでしょうか?(^ー^)

気仙沼市内を映してはいるのですが、どこなのか説明がないので、出身の私でもちょっと迷うほどです。ガレキの山が続いて、そこがどこなのかわからないのです。

そんな中、マルキの魚市場前工場がチラリと映りました。海から撮影したのですね。あの当時、あの地帯は通行止めで行くことが出来なかった。

三春町の福聚寺(ふくじゅうじ)住職で作家の玄侑宗久さんのお言葉は実に興味深いものです。
「自然とどう共存していったらいいのか」日本中が模索しているけれど、「不安をかかえながら生きていくぐらいが調度いいのではないか」と最後に述べているのは興味深い話です。

お経を聞いていて、あの日に亡くなった大勢の方を思って、心で手を合わせました。
「無情」という言葉。心にしみます。

映画の中に出演していた医師は、長尾和宏さんのようです。
ネット検索して、辿り着きました。
長尾医師は開業医であったため、GWを利用しての旅だったのですね。

そして、気仙沼出身の小野寺英孝さんという医師は、聖マリアンナ医科大学から医師団として救護にあたっていたようです。

映画の後には、対談がありました。
NPO法人NICEさん」は、陸前高田で、今もボランティア活動を続けているそうです。

出身でありながら、何も出来ない私、
もどかしい思い。
形に出来ないむなしさを抱えたまま歩いています。

そんな気持ちを押さえつつ、映画の後は、弟とダンナと食事をして参りました。
ロシア料理の「マトリョーシカ」の
「つぼ焼き」でございます。美味しうございます。

1泊人間ドック(2日目)

1泊人間ドックの2日目は、朝から検査・検査ですが、「胃のレントゲン」は、果たして「胃カメラかどうか?」それが一番の心配でしたが、バリウムでした。ホッ…安堵。その前に、初めての「直腸の検査」。これは恥ずかしい。でも、これで病気が見つかるならばとエイ。

すべての検査が終了すると昼食を頂いて、午後には結果説明です。

結果は、健康!

一つ一つ丁寧に結果を見せて頂いて、胃のバリウム検査の結果は、何枚もスライドを見せられて、「悪い場合はここにこういうのが出来るのですが、何もないですね。ハイ異常なし」ってな感じで「これも異常なし」「こちらも問題ないです」と続きます。

例年の健康診断よりも、細かい数値が出ていて、ヘェーと感心しました。

健康だからフルマラソンを走れているのか?
フルマラソンを走っているから健康なのか?

食生活と適度な運動、そして睡眠。

語り尽くされてはいるキーワードだが、こういう事を守って続けるのが案外と難しいもんですよね。
来年も健康でありますように。

1泊人間ドック(初日)

1泊の人間ドックです。
1泊してまで何を調べるのだろう〜と不安に思いつつ、会社では50歳になったら受診することにしまして、その第1号が私です。ビクビクしながら参りました。

婦人科のオプションも付けました。

受付を済ませると、宿泊用の部屋に案内されました。そこはビジネスホテルのシングルルームのような作りで、中にシャワー付きお風呂もありました。タオルやシャンプーなどのアメニティなど必要なものは揃っています。

そこに荷物を置いて、さっそくスケジュールに沿って、あっちの検査、こっちの検査。
そして、検査が混み合っていると部屋で待機など。

お部屋にはTVもあって、暇なので、横になって見ていると知らず知らずのうちに寝ていました。
電話で呼び出されて眠い目をこすりながら、次の検査や説明を受けます。

昼食はお部屋で一人寂しく頂きましたが、内容は充実していて美味しかった。

私以外の宿泊ドックの方は皆さん男性だったので、ほとんど口もきかずに淡々と検査をこなしております。こんな時、女性同士は、ペチャクチャと情報交換するのだがなぁー。

これは夜は暇だなぁー。パソコン持ってくれば良かった。
2冊持参した本はすぐにも読み終わりそうです。

Yammer:日本語の設定

会社内で使うSNSを3つほど試している。
Talknote
chatter
Yammer

どれもシンプルで使いやすいですが、明日は、また別のものを試すようです。

この中で私が気に入ったのは「Yammer」です。
ワーキンググループで利用したりしているんだけど、グループの中に「page」を作る機能はいいと思っています。

Yammerのメニューは英語表記なんだけど、それを日本語に変えることが可能。

ログイン画面で、「日本語」をクリックする。

そうすると、その下の方にある「About Us」」なども日本語表記の「会社概要」になる。
その状態(日本語表記の状態)でログインすると、メニューなどが日本語になります。

つながり…

「気仙沼を元気にする会」が終わって、関東に住む、特に私より若い皆様が「同窓生で集まろうよ!」という空気が増えているそうです。

実際に集まる前に、Facebook や mixi で呼びかけて、少しずつ、その輪が広がっているそうです。そんな報告はとても嬉しい。

一人の力はとても小さいけれど、集まることで大きな事を成し得ることもありましょう。
今は故郷を離れているけれど、故郷を思う気持ちは同じです。
気仙沼、そして被災地は、これから寒い冬を迎えます。