あっっっっっっっっっっっっっっっっっ・・・という間に、、、、
今年も12月になっていました。
どうでしょう、この時の流れの早さは。
何もしてない。
積み残しがたくさんある。
どうしましょう。
今日は一生懸命働いておりまする。
あっっっっっっっっっっっっっっっっっ・・・という間に、、、、
今年も12月になっていました。
どうでしょう、この時の流れの早さは。
何もしてない。
積み残しがたくさんある。
どうしましょう。
今日は一生懸命働いておりまする。
京王プラザホテル「南園」で昼食です。
美味しうございます。
エグゼクティブな方々と一緒だったので、なんだか恥ずかしくて写真を撮らないでしまいましたが、どれもこれも美味しうございます。
趣味のこととか、被災地とか、話は多岐にわたりますが、皆さんが合わせてくださり、ありがとうございます。
とてもハッピーなひとときでした。
ゆったりと、楽しい時間が流れます。
昨日の「福岡国際マラソン」を録画していたので、ゆっくり見ました。
川内選手のねばり、すごかったですね!
「市民ランナーの星」って簡単にいうけど、普通に仕事をして、それ以外の時間を練習に当てたとして、週末も練習したとしてですよ、日本人でトップ、全体でも3位の成績ってすごすぎますわ。
しかも、先月は大阪マラソンを走ったようです。
そして、12月もどこかのマラソン大会に出場し、そして2月には東京を走るって。
市民ランナーにはね、そのように毎月フルマラソンを走る人は結構います。
私もそうで、毎月のように何かの大会に出てる。
それは、大会が一つの練習会のようにとらえていて、ドリンクもあり、距離も正確な、そして信号で止まらなくてもよい練習会のように思っているのですが、なんと、川内選手もそのようにしているようで、それもまた市民ランナーらしいというか。
実業団の選手ならそうもいかないのでしょうね。
それにしても、「山の神」と言われた今井正人選手も良い走りだったと思いますが、記録が平凡だし、川内選手に負けちゃった。さぞや悔しかったろうと思うのです。
川内選手の、コース取りもなんだか出来てないというか、荒削りな走りとは対照的に、今井選手は洗練されていたと思います。それでも勝てなかった敗因って何なのでしょうね。
マラソンは、ただ走るだけなのに、こんなに奥が深いから、だから面白いのです。
あの大地震から、まったく出来なくなってしまった音楽ですが、LBバンドの皆さんがずっと待っていてくださり、本日やっとリハーサルに参加させていただきました。
練習不足でごめんなさい。
あー、でも嬉しかった〜。
そして、そのまま忘年会へ。
「エソラ池袋」は初めて参りました。
6階の「エスパニョール ラ ボデガ」というスペイン料理屋さん。
バンドの皆さん、本当にご迷惑をかけました。そしてありがとうございます。
少しずつ、前に戻していきます。
今日は「Macで音楽クラブ」の定例会の日ですが、会員のナガミネさんが「iPhone音楽部」のイベントで発表するというので、我々会員も「見に行きましょう!」という話になりました。
広尾ソフトバンクのショップは、まだオープン前の工事中でした。
その建物の2階にてイベントがあります。
昼の部が13時〜15時まで。
こちらがiPhone、iPadでの演奏しているところです。
もうね、iPhone、iPadがまったく別の楽器になっちゃった感じ。
使ったソフト「Thumb Jam」が実に楽しそうで、私も即座に買っちゃいました!

ナガミネさんは、ベースをiPadに録音。
iPadがここまで出来るのか!という思いと、iPadがあれば音楽作れちゃう今の若者っていいなーなんて思ったり。

そして、18時まで、近くの喫茶店で時間をつぶして、夜のライブにも参加しました。
おおとりは、「mi-on」さんと、ゲストにオペラ歌手の渡辺悦子さんがなんと3曲も歌ってくださいました。
私はオペラを見たことがないのですが、その声の迫力、そして美しい歌声。
感動です。
アベ・マリアの2つのバージョンをそれぞれと、蝶々夫人。
それをmi-onさんのアレンジでハウスっぽい曲調の中で歌い上げました。ステキです。

iPhone、iPadの新しい可能性を感じ、そして、大変に刺激になった一日でした。
iPhone音楽部は、Facebookの中にあります。
Facebookに「気仙沼concierge」というグループが出来ている。
銀座にオープンした「銀座いきなり市場」を盛り上げようという活動をしている。例えば、お店にいらしたお客様が困っているようであれば、コンシェルジュとして声を掛けたり、商品の説明をするなどを手伝おうということだ。
そして、本日は、気仙沼から東京に送り込まれ、店頭で働いている方々との交流会(という飲み会)が催され、参加させていただいた。

銀座ライオン。
なんと、20名以上でしょうか。
さまざまな方がいらしていて、大盛況でした。
はじめましての方も、気仙沼つながりで打ち解けて、ともに気仙沼の復興を思って飲んだのでございます。
銀座にお店を出しても「売れる」には大変なご苦労がおありだと思います。まして、ご自身も被災されている身としては、本当に大変ですね。こういうお手伝いを企画して実際に活動している皆さんにも頭が下がります。
帰り道、歩きながら話していたら、本日・最年少の大学生が、後輩の息子さんと知って、またまたビックリ。必ず、どこかでつながってる!
2005年の年末に発売、そのタイトルからも大変に話題になった本。
その当時、著者が気仙沼出身の生島さんとは知らなかった。
その時、私はまだ走り始めていなかったけれど、箱根駅伝は毎年見ている。正月の午前中は、何をするでもなくTVを見ている。そして優勝シーンまで見ないことには今年が始まらない、そんな番組になっていき、そして走り始めた今は、大好きな番組を心待ちにして見ている。いつか箱根で実物を見たいものだと思っている。
駅伝が本当にマラソンにダメにしたのか?とか、当時、話題になった。
生島少年は、瀬古選手の時代には、ラジオの放送で聞いていたようだ。
私は瀬古選手の頃から箱根駅伝を見ていたものと思っていたら、全部を生放送するようになったのは、1987年と、つい最近のことであったとは。私の記憶にはシッカリと箱根を走る瀬古選手の姿があるのだが、それはニュースなどで、何度も瀬古選手を取り上げていたからのようだ。
1987年に日本テレビがすべてを放送するようになると、大学が広報として使えるということに気づき、選手獲得に懸命になり、そして箱根を中心として年間スケジュールが組まれるようになっていった。
それより前は、中距離選手が出場出来るような距離が用意されていたとは知らなかった。しかし現在の距離は20km前後と長い。
瀬古選手の時代には、12月の福岡国際マラソンに力を入れ、箱根は通過点の一つであったようだ。現在は違うだろう。長距離を走る大学生は、みな、箱根を目指す。
だからというか、西日本の大学や、高校から実業団に入った方々のように、箱根とは無縁の方がマラソンで記録を出したりしているという指摘は興味深い。
著者は、駅伝が大好きで、そしてマラソンも大好きで、だからこそ、このタイトルで書いたのだなぁと思う。
さて、今年もというか、来年も、ですね。
もうすぐ箱根駅伝です。
出場校が決まり、選手に登録された方々は最後の調整に余念がないでしょうね。
なんだかんだいっても、やっぱり正月の楽しみの番組です。
皆様、生島淳さんの「気仙沼に消えた姉を追って」は読まれましたか?
気仙沼の方はもとより、気仙沼に関心を寄せてくださる皆様に是非、お読みいただきたいです。
その本に、グイと引き込まれ、もっと生島さんの本を読んでみたくなり、まとめ買いしました。最初に読んだのが「スポーツを仕事にする!」です。
スポーツが大好きで、それも見る方が好きだったという生島少年は、大人になって、広告代理店に就職をした後も、その夢がなくならないどころか、その思いは増すばかり。そんなスポーツ少年、スポーツ少女は世の中にはたくさんいらっしゃるでしょうね。
そんな生島青年がどのようにしてスポーツジャーナリストになっていったか。
そして、スポーツに関わる仕事は、果たしてスポーツ選手だけではない。トレーナー、広報、メンタルトレーナー、様々あって、プロの世界では、そういった事の総合力で、強い選手が育っていく。
スポーツ好きにはたまらない1冊だと思います。
私は知らなかったが、最近では大学に「スポーツ」の学部が増えているそうです。体育大学との違いというか、「体育」と「スポーツ」という言葉の違いから受ける印象もだいぶ異なりますよね。
私もマラソンなんか趣味にしてしまってからは、毎月届くマラソン雑誌は隅から隅まで読んでいる。走るフォームのこと、サプリメントのこと、シューズ、ウェア、ランニングコース、大会要項、はては海外マラソンの広告、etc。
スポーツは20代、30代の頃よりも、もっと身近になった。そして、継続するためには、様々な工夫が必用になった。加齢ですから。
スポーツの仕事は、その種類も増えていくでしょう。
おもしろい時代になりました。
「三陸新報」という気仙沼の新聞を東京で購読している。
大震災の前日にたまたま定期購読の契約をしていた。契約した時には、まさか、このようなことになろうとは思わなかった。地元の情報を三陸新報によって得ている。
新聞代1,400円+送料1,000円、1ヶ月あたり2,400円。
半年か1年契約です。気仙沼以外の方もぜひ定期購読を。電子版もありますが、私は毎日届く新聞紙を楽しみにしています。定期購読のお問い合わせはこちらからどうぞ。
先日の一面には「南気仙沼小学校が気仙沼小学校に統合するかどうかについての懇談会が開かれた」という記事が掲載されている。これまで何度もこれに関する記事が掲載され、注目している。

南気仙沼小学校の誕生は、気仙沼小学校の火災によるものと記憶している。
ちょうど、私たちが入学する年の3月に気仙沼小学校が火災にあった。火災は夜だったか、朝だったか記憶は怪しいが、不審火だったような気がする。
その火災で、校舎一部を焼き付くし、私たちの年から、急遽、南気仙沼小学校が出来た。
そして、もし、今回の大震災にて「南小」がなくなるとするならば、火災によって誕生し、震災によって統合されてしまうという、悲しい運命をたどることになる。
弟の家は南小学区にあり、甥達は南小出身だ。
その地域は、被災が激しい一帯で、小学校も被災した。
南小出身の、中学の同級生らから話を聞くと、私達の代の間は、まだ校歌がなかったそうだ。6年間、校歌なしで過ごしたという話からも、急遽、出来たという感じわかる。そのためかどうかわからないが、私の同級生達の、南小の連帯感は強い。
それもそうだ。入学してから半年は、気仙沼小学校の中だったか外だったか、第2校舎などと呼ばれた古い校舎を仮の校舎として使っていた。そして、出来立ての南小にお引っ越し。真新しい校舎と、日本じゅうが高度成長期。これから何かが始まるという期待感、ワクワク感。そういったものが南小にはあったのかなと想像する。
現在の少子化の時代に、ただでさえ児童の数は減少していたのに、ここに大震災があり、家を失い、仮設に、アパートに、そして親戚宅に身を寄せている状況において、小学校の継続が難しいことは誰もが頭で理解している。
しかし、そこに心がついていくには時間がかかる。
これまで統合に反対してきた保護者から、初めて早期統合を求める声が出たようだ。そして今回の懇談会の論点では「児童の心のケア」や「統合時期」に絞り込まれたようだ。
自分たちの学校がなくなる寂しさ、喪失感は、私たちが通った女子高が、男子高に統合されてなくなってしまった経験を持つ者としては、なんとも切なく、色々なものを失ってしまった児童にとっては、どれほどの喪失感なのだろう?と悲しい気持ちになる。
でも、どうにもならないことが、世の中にはたくさん、ある。
会社を退社する方の送別会と、新しく入った方の歓迎会とが行われました。
会が始まると写真撮るのを忘れそうなので、始まる前の鍋を撮影。やっぱり、この後は一枚も撮らないでしまったから、これが唯一の写真です。

大手企業とは違って、私どものような零細企業に入ってくださることに経営者は感謝しています。入ってくださってありがとう。でも、様々な理由で、去ることになる方もいらっしゃる。理由は様々ですが、経営者が期待に応えられなかったことも理由の一つにはありましょう。そのことを真摯に受け止め、これからの活躍を祈りますとともに、私はテレパスという会社をどのように発展させていくべきか、気を引き締めています。
最近は、社員の既婚率が上がりました。
以前はほとんどが独身でしたが、年齢があがってきたこともあり、お子さんがいらっしゃる方も増えました。
社員が結婚をして、子供が生まれる。これは経営者としては嬉しいことです。
経営者である父がいつも言ってました。
「社員一人は、一人じゃない。後ろに5人はいる(奥さん、子供2人、親2人)。だから一人採用するというのは5〜6人の暮らしを背負うということだ」と。私も身が引き締まる思いでございます。