映画:フライトプラン & Mr.&Mrs.スミス

「ぽすれん」から借りっ放しのDVDを2本見た。

「フライトプラン」
フライトプラン

主演のジョディ・フォスターは私と同世代で、好きな女優。
最初は「ああ、こんな感じねー」なんて思っていたら、おっと、そういう展開が待っていたのね、ってことに。ジョディ・フォスターの演技はすばらしくて見入っちゃったが、ストーリーとしては、「それってアリ?」という部分はある。サスペンス好きといたしましては犯人の行動・思考を細部まで抜かりなくやって欲しかった。でもジョディ・フォスターがいいので○。

「Mr.&Mrs.スミス」
Mr.&Mrs.スミス

ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリーが夫婦役で、ともに殺し屋。
すみませんが、やっぱりおもしろくなかった。
アクション系が好きな人にはいいのかな?美男美女だから許せる?

祖父の命日

祖父の命日。何回忌だろ?
たぶん38回忌かと思うが自信なし。誰かに確認しないといかんね。
私が小学校3年生の時に亡くなった。

私がどうして経営という仕事を(自分でも意外だったが)好きになったかというと、祖父の影響によると思う。子供の時に祖父に遊んでもらった記憶は多い。その時のなにげない言葉が今も残っている。

例えば、私にはピアノを、弟には、こいで乗るおもちゃの車やサンダーバードの1〜4号などを買ってくれた。当時の田舎には珍しいものが多く、友達を呼んで一緒に遊びなさいと祖父は言う。みんなが来ると、子供はおもちゃの奪い合いで喧嘩になる。祖父はじゃんけんをして順番を決めてはどうかと私や弟に言う。持ち主(弟と私)はいつでも遊べるんだから、みんなに貸してあげてはどうかと言う。

幼い私達にもわかる言葉で言ってくれたのだろう。私達はそれに納得した。そして友達が楽しく遊べるように段取りをする。みんなが仲良く遊んでいると祖父はそれを褒めてくれた。私と弟は一人で遊ぶよりも、みんなで楽しく遊ぶともっと楽しいことに気付いた。そのことが大人になってからも心に残る。祖父が遊びの中で教えてくれたこと。祖父があと10年長生きしていたら、と思うことは多い。

そんな事を思いながら、休日をダラダラと過ごした。

買ってしまったiPod shuffle

家で使ってるマウスの調子が悪い。どうもアメリカに持って行った後から調子が悪い。新宿に出たついでにマウスを買いにビックカメラ新宿店へ。

ついでに新しいiPod shuffleを手に取ったり、洋服にクリップしてみたり。小さいっス。これならジョギングのお供としていいわねー。

うっかり、、、「在庫はありますか?」と聞いていた。
調べてくれて「あります」って。
「一つください」と言っちまっただよー。

その2時間後に同じ店に買いに行った人は「在庫切れ」で買えなかったらしい。そのわずかな時間の間に売り切れちゃったのねー。

この形。この軽さ。こういう割り切りって出来そうで出来ないよね。
iPod shuffle

マウスが巨大マウスに見えるー。
iPod shuffle

裏側にiPodの文字。
iPod shuffle.jpg

フュージョンバンド練習日

新宿スタジオペンタ」でバンド練習。
このメンバーでの練習は今日が3度目。Saxが入った5人編成。私以外の皆さんはうまい。私・足を引っぱってる。

どうにか曲の流れには付いていけた。が、、、コピーしたソロは全然とれないし、アドリブなんて、まるっきりダメ。撃沈。念願のフュージョンバンドなので、なんとかうまくなりたいが、にわか練習では全然ダメだわね。

それでも、スタジオで出す音は心地良いですのー。

まぼろしでないことを祈りつつ

昨日は健康診断結果「異常なし」に喜んだものの、冷静に考えると中性脂肪が減ったという実感なし。
体重はむしろ増加傾向、全体のブヨブヨ感はそのまま。ウーム。どこの何が減ったのか、わかんないのー。すぐに逆戻りもあるだろうね。

ってこなことを考えつつ、久々にジョギングなど。
忙しさにかまけて怠けていた。たかだか30〜40分なんて毎日出来そうなものだが、週に一度さえも怠けちゃうんだなぁ。細々とながーく続けようとは思っている。

健康診断:結果

数日前から、社員らに健康診断結果が届き始めた。
テレパスで40代は私一人で、あとは30代、20代だ。
若い社員でも「再検査ありー」の、再検査まではいかないけれど諸注意がいろいろ。

まだ結果が届いてない我々も試験の結果待ちのようなイヤーな気分。
私の結果が本日届いた。

ホーーーホッホ。どこも異常なしの健康〜〜〜っス。

実は2002年までは異常なしだったものが、2003年にいきなり中性脂肪が高くなってしまった。

その年、会社合併をして精神的に疲れており、お医者さんからは「ストレスでも高くなる」と言うので、ストレスさえなくなれば大丈夫だろうと思っていたが、その翌年(2004年)はもっと増えた。

それから帰宅する時に1時間ほど歩くようにしたら、2005年は少し減った。けど、まだ基準値の上。それで昨年秋から走り始めた。とはいっても、せいぜい週に一度なんだけど。

そうしたら、今年はちゃーんと基準内におさまったヨーン。ヤッタ。

秋はバンドの季節!?

本当はピアノ弾きになりたかったけど、それはあまりの身の程知らずで、シンセも弾くキーボードってヤツになろうとしたものの、シンセの音作れてないシー。FM音源って何よーで終わってしまい、ならいっそコンピュータで曲作りダァーと思ってMac買ったら、Macに興味がいっちゃったまま今日に至る私だが(前置き長い)、久々にバンドなんかやってみているわけで、何が言いたいかというと、

わぁぁぁぁぁぁーーーん、指・動かなーーーーーーーーーーい。

いつの間に選択科目だったのか?

世界史を履修していないとやらで高校3年生が大変な思いをしているのは、なんとかならないものかと思うが、その一方で、「えーーー!選択科目〜?」と思った。

私の高校時代(1970年代後半の宮城県立高校)の社会は
1年生:地理
2年生:世界史、倫理社会
3年生:日本史、政治経済 だったと思う。選択ではなくて必修だった。

ちなみに理科は、
1年生:生物
2年生:化学、物理
3年生:地学(←これは文系の場合で、理系はどうだったんだろ?)

昭和43年生まれの弟に聞いたらすでに異なっていた。私のようなカリキュラムって、いつまでだったんだろう? こんだけやったからといって、頭に入っていたかというと別問題なんだけどね。
同世代でも、私立は違ったのだろうか?

実家から米が届く

実家の母から米が届く。
いくつになっても私は頼りない娘で「届いたよ」と電話すると、「ちゃんと自炊するように」と説教をくらう。

母の説教は毎度同じ言葉が繰り返され、それがうざく感じる時代もあったが、最近ではそれも嬉しいと思えるようになった。むしろ娘は一人暮らしの母の方が心配なんですけど(笑)

会社のエアコン工事

会社のエアコンの工事があるというので、その立ち会いのために出社した。
ちょうど仕事も貯まっているので、工事のかたわらでやっつけようと思ったわけだが、甘かった。

思いのほか工事は大掛かりで、机や什器類すべてにビニールシートがかぶせられ、私の居場所がない。しょうがないので、いったん自宅に帰り、再び、夕方に出社することにした。

工事にいらした方々は若い。動きが機敏で良い。
若い方をこうやって現場仕事させるのは、教育も大変だろうなーと思いながら少し話すと、数人は日本人ではないので驚いた。作業着を着ていて、ちょっと見た目には日本人だと思ったからだ。

日本人の若者がニートになっている間に、アジアの若者達が活き活きと働いている。日本の将来は大丈夫だろうか?と思ってしまった。

最後の清掃もきちんとしてくださり、説明の仕方もきちんとしている。日本語は上手だ。その仕事ぶりに頭が下がる。ありがとうございます。