読書:UMLは手段

「UMLは手段」荒井玲子・著。
UMLは手段

「UMLは手段」と「アーキテクトに未来を賭けた」の2部の構成。
どちらかというと、技術者向けというよりは導入決定者や、「なぜ社内にアーキテクトが育たないのか」と思っている私のような立場(経営者とかマネージャ)が対象かと思う(リファレンスではないので技術者には、物足りないかもしれない)。

ってことで私にはわかりやすかった。文書はスッキリと読みやすい。

第1章が「なぜUMLで失敗するのか」ですからね。
設計の時に利用したとしても、現実にはドンドン仕様は変わり(膨らみ)、納期には追いまくられて、ドタバタとシステム構築する、それが現場の声だ。それを打破するために、いろいろなツールがある。けれどツールを利用すれば薔薇色といはいかないことよくよく書いている(おそらく管理者向けに)。

勝ち組に共通する成功パターン
・目的を明確化する
・企業ニーズに合わせた適用と技術者を育成する
・企業ニーズに合わせたUML表記のフィルタリングをする

2部は「アーキテクト育成」の話。
アーキテクトに向いている人とそうでない人を見極める力が、要求される。そこの見極めが良くないうえに、育成する手段が間違えているから、アーキテクトが不足している(ようだ)。

正しいアーキテクト候補とは(メインフレームの技術者が多い企業では)
・ミドルの開発経験がある技術者
・保守開発の経験がある技術者

マラソンの写真

大きなマラソン大会に出ると「プロが撮影した写真をネットで販売する」というビジネスが展開されている。

あたしゃ、マラソン大会には一人で出場しているので、自分が走ってる写真って持ってないから、ナンチューか、見ると嬉しいわけ。ものすごーく自己満足な世界なんだけど(^-^)。

以前、谷川真理マラソン大会の時にこのサービスで1枚写真を買った。結構、高いのねー。これが。旅先の記念写真みたいなモン。

荒川マラソンでは、この種のサービスのチラシが5枚も入っていて、ちょい安いのもあるから、イソイソと自分チェックをしたわけだ。

   へ・・・?

   ない・・・。

   なんか、アタシ、いない。。。

(あのマラソンは夢だった、ってことないよね? マジに探す)

サービスごとに、いろいろな表示があって、グロスタイム順だったり、ゼッケン番号で検索出来たり。5つのうち1つのサービスは、「まだ準備が整わず、4/4頃の公開」となっていたし、一つは閲覧がよくわかんないシ。

で、やっとこさ、1枚だけ見つけた! いたいた。
前回も購入させていただいた「All Sports Community」さん。こちらはゼッケン番号検索がわかりやすく、写真もきれい。ただ高い。

うーーー。でも、初めてのフルマラソン記念ですから、買っとくか。バカバカー。

読書:若者はなぜ3年で辞めるのか?

「若者はなぜ3年で辞めるのか?」城繁幸・著。
若者はなぜ3年で辞めるのか?

内側から見た富士通「成果主義」の崩壊」の著者でもある城繁幸の本。
「年功序列」が若者に大きな閉塞感を与えていることを書いている。

この本によると、豊臣秀吉が「奉公構い(ほうこうかまい)」という制度を作る前までは「七度主君を変えねば真の士(さむらい)にあらず」と言われたようだ。それまでは武士と領主の間はどちらかというと対等の契約関係に近かったらしい。
奉公構いとは…

たとえば、ある大名が、自分の許可なく勝手に家臣を辞めた人間を「奉公構い」扱いと宣言したとする。すると、どんなに有望であっても、他家はけっして彼を採用出来ない仕組みだ。

これが江戸時代まで続いたそうだ。

ギュっと縛り付けると、それから抜け出したいと思うのが人情。
けれどもそこから抜け出した先には、いつも「希望」があるわけでもないのではないか。

私はフリーター(派遣社員)を経験した。派遣される会社の、どこもかしこも似ていることに驚いた。会社としての個性がない、と感じた。

「会社の個性をつくる」ことは、「個性」をどちらかというとつぶしてきた日本社会には難しい課題かもしれないが、ここに来てIT企業には増えている(気がする)。

テレパスも「年功序列」ではないし、「次に向かう力」が必要で、呑気な会社員生活を送ることは出来ない。常に刺激がある。しかしながら、小学校から大学まで、他人と同じように生きてきた人達に、それは厳しい世界とも言える。以前(私が創業したボニートという会社の頃)「自分にはIT業界は向かない」と言って辞めた新卒者が、その後、公務員試験を受け直して公務員になったケースもある。「幸福感」は人によって異なる。

著者は日本を代表する大きな企業にいた方だ。そういうところで「年功序列」や「組織が大きすぎてなかなか変えられない現実」に辟易している方がいらしたら、テレパスのような会社に入ってみるのもおもしろいかもしれませんよ(^^)

能登地震の映像を見て

能登で大きな地震があり、死傷者が出た。
その映像をTVで見ると、半壊・全壊した建物はいずれも古いもので、老人の一人暮らしではないだろうかと想像する。そんな街並みである。

老人の一人暮らしの場合は、建て直す気力も資金もないだろう。これらに携わる行政の人も大変だろうし、当事者の方の精神的なフォローもきちんとやらないといけない。

この方々には子供達もいるだろう。日本は少し前までは親子数世代が(喧嘩しながらも)仲良く暮らしていた。でも今は、私を含めて都会へ出て帰らない。親の方も「気を使うくらいなら一人がいい」などと言ったりする。

老人だけの街。
私の実家の辺りもそうだ。これからあと数十年経つと、そういう人も徐々にいなくなる。そして、その地はどうなってしまうのだろう?日本じゅうのいたるところに、そういうところがある。そして東京は益々、肥大化する。この悲しい構図を映像を見て思う。

読書:瀬古利彦 マラソンの真髄

「瀬古利彦 マラソンの真髄」瀬古利彦・著。
瀬古利彦 マラソンの真髄

世界フィギュアスケート2007女子を昨日と本日TVで観た。
優勝を争う皆さんはまだ10代や20代前半っすよ。
トップアスリートの精神力は観るものを魅了する。

瀬古さんは、当時の日本マラソン男子を引っ張っていた。宗兄弟というライバルと伴に表彰台の高いところにいた。

端から見るとわからない苦悩が、この本にはたくさんある。それは驚きの連続とも言える。

元々は「野球の選手になりたかった」そうだ。中学では野球部に所属している。たまたまた中学校のマラソン大会で(負けるのが悔しいから走る練習をして望んだところ)3年間連続で優勝。それで「市の陸上競技会」に助っ人として参加したところ2000mで優勝。野球は肩をこわして断念せざるを得なかった。

もう野球ができない自分には、陸上しかない。

四日市工業高校時代は、インターハイでは800mと1500mで2連覇。5000mでも2位という成績。

私が瀬古さんを知ったのは、あの早稲田大学のユニフォームを着て走る姿。箱根駅伝では区間新を出し、モスクワオリンピック代表にも選ばれた。順風満帆だと思っていた。

しかしながら瀬古さんは高校卒業後、一般入試で早稲田を受験し、失敗して一浪している。そんな事は知らなかった。いろいろな挫折から始まっていたわけで。

しかも、、、高校時代には「あまり練習しない瀬古君」だった。だからマラソンのような忍耐力を伴うような種目は自分には無理だ、と考えていた。長い距離を走ることが苦手で1500mの選手になろうとしていたのに、早稲田に入ると「君はマラソンをやれ」と言われて「ハイ」と即答してしまったことから、マラソン人生がスタートする。

人生って、わからないもんですね。

最初のフルマラソン大会「京都マラソン」では、2週間前から先生に「餅を食え」と言われ体重が3kg増えた状態で望むという、先生も含めた全員が「マラソン初心者」だったという話。

自分用のスペシャルドリンクなどは用意してなかった。真夏の練習中でさえ水を飲んだことはない。喉が渇いても我慢。水を飲むのは練習が終わってからというのがお決まりで、給水の必要が説かれていない時代だったのだ。

1977年の話ですよ。今から30年前はこういう時代で、そういったところから瀬古選手はスタートしていたのかと思うと、頭が下がる。

その頃に宗兄弟の練習スケジュールを雑誌で見て驚き、刺激を受けて、ジョグの時間を少しずつ増やしていった。

冒頭の「はじめに」の部分で瀬古さんは次のように書いている。

これまで私は、マラソン練習のノウハウや練習メニューは「企業秘密」として、一般に公表したことはなかった。だが、男子マラソンの活性化を願って、ここにすべてを明かす決意をした。それが、今まで陸上界で育てていただいた私の義務だと思っている。

mixi読み逃げゴメン

「mixi読み逃げ」ってダメなの?」を読んで驚いた。

私はmixiは、ほとんどROMユーザ(読むだけユーザ)。
コメントを書いたのは、ほんのわずか。ここで言う「読み逃げ」。

ネット生活も長きに渡り、掲示板、チャット、ブログ、ML、etc…。
書き手と読み手との受け止め方の違いからくるトラブルに何度も見舞われ、mixiが流行る頃にはそういう事にすっかり辟易し、自分では「mixi 消極的ユーザ」と名乗っている。

mixi上に日記を書くことをやめ、言いたいことはこのblogに書く。
これからも、ほとんど「読み逃げゴメン」でいく所存でおりますので、マイミクの皆様すんません。

けどさ、そういうのって個人の自由じゃん! ブヒブヒ。

マラソンの結果

先日の荒川マラソンの結果が出ていた。
5:14:48。女子の(1705人中)1079位。
あら、一人前の人とは1秒差だったのね。
あそこがゴールとわかっていれば、最後のダッシュをしたのだがなー。ま、でも、数秒は誤差っすよ。そもそもスタート地点に到達するまでに10分強経っているわけで。

3/4ハーフの結果も家に届いたので「マラソン大会/出場記録」に追加を。

読書:帝国ホテル 伝統のおもてなし

「帝国ホテル 伝統のおもてなし」川名幸夫、帝国ホテル ホテル事業統括部・著。
帝国ホテル 伝統のおもてなし

私が過去2度(だけ)利用させて頂いた帝国ホテルのサービスは実にすばらしかった。1度は短大卒業の謝恩会、2度目は両親を宿泊させた時。

両親を宿泊させたのはラッキーな価格設定の時。2000年冬の日曜日に夫婦で泊まると安くなる「夫婦でのんびりサンデー」を利用。さらにもう一泊するともっと安い。2人の年齢を足して110歳以上の場合は眺めの良い部屋に泊めて頂ける、という嬉しいサービスだった。

今にして思えば、この時の東京旅行が両親への私の最大の親孝行だったのではないだろうか。なによりも帝国ホテルの優しいサービスが、私の代わりに親孝行をしてくれた。

足がだいぶ弱った父にホテルで車椅子を借りた。父の身体を気遣って、ホテルで過ごす時間が多い。ホテルで食事をとり、ホテルでショッピングをし、その先々で父の車椅子が通りやすいように、皆様に助けられた。その優しいサービスは私達家族の心に深く残り、もう東京に行くことの出来ないほど弱ってしまった父に、「また東京に行こうね、帝国ホテルに泊まろうね」と話すと、にわかに元気が戻ったものだ。

もう一度、母を泊めてあげたいと思うが、あんな安いサービスはその後、見当たらないので、私がしっかり稼いで、泊めてあげようと思うのであります。

その帝国ホテルのサービスは本当にすばらしい。それは次のような文書からも読み取れる。

(オールドインペリアルバーでは)二杯目からは、お代わりを承った時のグラスの位置を覚えておき、その位置に置きます。お客さまは、必ずと言っていいほど自分のグラスの位置というものをもっています。一杯目を標準位置に置いた後、その自分の好みの位置にグラスをずらすのです。バーテンダーはその位置を見逃さず、記憶します。

客室から出るごみはお客さまがホテルを出発された後、もう一泊します。

「お客さまとホテルスタッフの間には、丸太が一本あることを忘れるな」と先輩から教えられてきました。どんなに近しくなっても超えてはならない一線がお客さまとの間にはある。親しいからといって、立ち入りすぎてはいけない。程よい関係を保て、ということです。

この本にはそういった徹底したサービスが詰まっている。そしてこれが伝統として先輩から後輩へキチっと伝わっていることはすばらしい。なんとか母をもう一度、泊めてあげたいと思うのであります。

荒川マラソンを振り返った

荒川マラソンから1日おいての本日、筋肉痛はいくらか和らぎ、改めて振り返ってみた。

なんと言っても「荒川マラソンはフルマラソン初心者に優しい大会」だった。その根拠は次の通りで、これからフルマラソンを走ってみたい方のご参考になれば幸いです。

・距離表示がこまやか
  1~2kmごとに距離表示がある。
  初心者は距離感がわからないから、これは嬉しい。
  給水ポイントの手前には、必ず「給水まであと300m」表示がある。
  「給水ポイント」目指して(エサにつられて(^^;)がんばるのダー。

・給水ポイントが適切
  水の補給が大事なことは頭ではわかっている。
  しかしながら初心者はどのタイミングが適切かがわかってない。
  用意されたポイントが適切なので助かった。
  給水ポイントでは1口だけでも水を補給したことが良かった。

・食料の充実
  これが実にすばらしい。
  9時スタートで、5時間走ると2時。
  朝飯は6時頃に食べているから、腹が減る。
  熟練者はポケットに食料を持って走るが、初心者はよくわかってない。
  「東京マラソン」ではバナナがなくなったらしい。
  荒川では、適切に食料が配置されていて空腹に悩むことがなかった。

・救護所の数が多い
  初心者は、どんなアクシデントが発生するかわからない。
  救護所があちこちにあるのは非常に助かる。
  (私は利用はしなかったが)とても安心感があった。
  ゴール手前には、椅子を並べて「休憩所」なるものまであった。
  「ここで休んで笑顔でゴールしましょう」と書かれている。
  無理をせずに完走することが大事だという運営の方々の心配り。

・仮設トイレは適切に配置
  (私は利用しなかったが)
  トイレは仮設トイレが適切に配置されていた。
  男性は川に向かった自然の場所で用を足す人もいたけどね。

・制限時間が7時間
  なんといっても、これこれ。
  7時間を歩けば、それだけで35km程度はいけるらしい。
  歩いてもゴールするゾ!という気持ちが初心者にはありがたい。

・自宅から近くで開催
  実は最初のマラソンは「ホノルル」を目指していたのだ。
  でもハーフを走ってみると、走った後はゆっくり自宅で休みたい。
  「東京マラソン」は抽選にはずれたが、荒川は先着順で受け付け。
  交通費、宿泊費、有給休暇などを考えると最初は自宅近くは良い。

・参加者が多い
  初心者には大勢の人と走ることで「がんばる気持ち」が出る。
  ゴールまで、皆さんとジョギングしているような感覚だった。
  (一人旅は精神的にきつい)

・感謝・感謝のボランティアの皆様
  沿道での声援、行き帰りの路上、受付、ゴール、給水ポイント、etc…
  ボランティアの皆様がとても暖かくて感謝です。
  私のように5時間以上かかる者達には特に助けられました。
  ありがとうございます。

当日の帰り道は「あー、もうフルマラソンはいいや。念願も達成したことだし。」と思ったが、なんですかねー、筋肉痛が癒えてきたら(喉元すぎれば何とやらで)、「次回は…」なーんて考えている。人間ってのはタフだなー。

Aさんを囲む会(Tチャン食事会)

LAから帰ってらしたAさんを囲む会が丸ビル「ななは」で開催された。
AさんとTチャン以外は全員女性という華やかな会。

ここに集まる女性は(私以外の皆さんは)、バリバリのキャリアを持ち、前向きに生きていて、元気のオーラが出まくり。すばらしい。

初参加の方もいらしたので、まずは自己紹介。
「ではオヤマさんから」ってことになり、名前や会社名などを話した後は「昨日、フルマラソンを走りまして」って言っちゃいました。皆さん、健康に気をつけているので、そちらの話に盛り上がり、では次の方へと。。。

私以外は、「こういう仕事をしています」としっかり自己紹介されていて、あー、もっとテレパスのことを紹介すべきだったワン。社長としてダメダメ。トホホ。

Aさんは、知識は広く、交友関係が広く、記憶力はすばらしく良くて、63歳とおっしゃっていたが、若いモンには負けない気迫がビンビン出まくり。私がお会いするのは2度目。1度目も強烈な印象だったが今回もすごい。

Aさんは事業で大成功を納めていて、海外にも拠点がある。
その方から「女性だけで会社を作った方がいい業種もある」というお言葉を頂いた。「例えば、こういう仕事やああいう仕事」とズバズバと上げる(すみません。ここんとこは伏せておきます)。

なるほど、なるほど。
案外と女性の方がそういう事に気付いていないのかもしれない。女性の力が社会の中で発揮しきれていないのは、我々女性自身に、力を発揮しないでいる何か既成概念のようなものが、はびこっているのかもしれない。

Aさんと、某大手マーケティング本部長のIさん(女性)が、人と話をする時(大事な時)は「呼吸を合わせるとうまくいく」と話していた。その呼吸法について、以前、何かの本で読んだことがある。明日から私もやってみよう。

それにしてもTチャンのおかげで、このような会に参加させて頂きまして感謝しております。