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第21回クリスマスチャリティマラソン(皇居)

東京は12月にしては暖かい。マラソン日和。
「第21回クリスマスチャリティマラソン(皇居)」の15kmに出場。
皇居のまわりを3周する。
制限時間は1時間半。

私の自己ベストを出しても、とても制限時間内に走る力なし。
とにかく、15kmを歩かずに走り切ることを目標にしてゴールに立つ。
本日のゼッケンは「F105」
ゼッケン

いつも前半に力を出し切って後半はズルズルになるので、最初は抑えめに走る。

1周目は少し余裕があり、皇居の美しい景色やまわりの建物などを見る。30分程度で走る。この調子でいけば制限時間も夢ではないかも?

2周目に入った途端に足にきていることがわかる。ドンドン追い抜かれる。それでも2周終わった時点、10kmを1時間1分で走った。まだいけるか?

iPod Shuffleからは、ケツメイシが、ジョー・サンプルが、渡辺貞夫が、ベント・ファブリックが、スピッツが、、、ジャンルをとわない様々な音楽が流れる。

3周目はきつい、きつい。足は鉛のように重い。
なんとか最後まで諦めずにゴール。
ゴール直後に流れていたのは、コブクロの「ここにしか咲かない花」。それを聴きながら、人もまばらになったベンチに腰をおろす。

時間は1時間36分。
制限時間は過ぎていたが「完走証」を頂いた。順位は15km女子で95位。
今年最後のラン。

来年春はハーフマラソンを(歩かずに)走りきること。
秋には、念願のフルマラソンに出られるように頑張りたい。

帰りの丸ノ内線は熟睡。すでに筋肉痛が始まってる。

筋肉痛

昨日の「マラソン完走クラブ」の練習後の筋肉痛は、身体全体にきている。筋肉をバランス良く使った感じ。これまで腕の振りはいい加減だったのが、上半身も大事だという事を教わった成果。足の筋肉痛も、股の裏表・両方に来てる。

何が言いたいかというと、つまり全身・痛〜い。

マラソン完走クラブ・練習会(吉祥寺)

マラソン完走クラブ」の練習会に参加した。

13:50 吉祥寺駅近くの銭湯「よろづ湯」さん前に集合。
銭湯のお取り計らいで、ロッカーに荷物を預けさせて頂き、ランニング場所へと向かう。

どこで走るのか知らずに行って、今、Google Earthで探してみる。「1周400mのトラックがあって1直線に100mを走れる直線コースがあるところ」ということ、どうやら三鷹市下連雀総合運動場(旧:公庫総合運動場)ではないかと思う(2007.2.12訂正:井の頭公園テニスコートの近く…でした)

準備運動の後は、
・100m走を4本(速く走る)←速く走れてないし。これで疲れてるし。

・トラック1周400mを15周6kmを走る(速いチームは8km走る)
  自己申告で3つのグループに分かれる。
  私は一番遅いグループで、1kmを7分、次の1kmを6分半、その次を6分で走る、を2度繰り返す。そうすることでタイムへの意識が高まるそうな。
  あー、私のペースはおおよそ1kmが7分だわ。
  6分はもうきつくてきつくて。

・最後は1000mを速いペースで走っておしまい。
  私はビリでした。トホホ。
  (2人が途中棄権したので実際にはビリから3人目か)。
  5分58秒ぐらい。速い人は3分代。すごっ。

これにて練習はおしまい。
再び、「よろづ湯」さんまで走って戻る。
ちょうど銭湯が4時開店で、開店とともに中に入れて頂き、お風呂にゆっくり入って帰る。

日頃、ゆっくりダラダラペースで走っていてタイム意識が全然なかった。タイムを知るきっかけになったし、人と走ってみたら、あーら、なーんて遅かったの、ってことがわかった。これでも昔は部活一筋の学生生活をしていたのに…。

私の場合、疲れると左肩が下がるらしい。これ、前に鎖骨骨折した時の後遺症なのよね。あの時から疲れるとバランスが悪いの。

足の着地フォームは案外と良いらしい。あとは上半身に力が入っているので、その力を抜いてリラックスした状態で走ると良いらしい。

そういう事もためになった。スタッフの皆様、ありがとうございました。

イデデデ

ハーフマラソン後の筋肉痛は、想像を絶するほどひどく、、、怪我したように足が痛い。地下鉄の階段を降りようとして「イデデデデデ」、打合せのために、立ったり座ったりするたびに「イデデデデ」。

山登りが趣味の社員から「事前に飲んでおくと緩和される」というアミノバイタルなるものを教えてもらう。現代人はやっぱこういったものを利用してスマートにいいくのねー。私の場合は日頃のトレーニングが足りなすぎーなんだけどサ。

頂いた「ワールドマラソンツアー」というチラシを見ると、ホノルルマラソン以外にも「制限時間なし」のマラソンがあることがわかった。例えば、ニューヨークシティーマラソンとか。こういうのを見ていると、世界を走りたくなっちゃうなー。ま、アタシの場合は、走るんじゃなくて「歩き」かもしんないスけど。

第35回タートルマラソン全国大会

「第35回タートルマラソン全国大会」のハーフマラソンに申し込んでいた。
でも・・・はがきが届いてない。訪米中にドッサリ貯まった郵便物を何度見ても、マラソンのハガキはない。

時差ボケ、仕事山積、風邪気味、ハガキ届かない。
やっぱ、出るのよそうかなーと朝まで迷うが、行ってみた。

千代田線に乗り換えて「北千住駅」で下車。徒歩10分ほど。荒川河川敷の「虹の広場」が集合場所。

北千住からの地図を念入りに2枚用意していたが、参加者5011人もいるので、駅から会場に向かう人達が大勢いるし、ボランティアの方が道のあちこちで誘導してくださる。ありがとうございます。おかげさまで迷わずに到着。

1504.jpg

このマラソンは、「第9回バリアフリータートルマラソン大会」を兼ねている。

ハガキがないけど、一覧表にはちゃんとゼッケン番号と名前があり、出場は、なんら問題なかった。

ハガキが届いてないので、詳細をわかってない。心の準備は出来てない。例えばスタート時間、例えばコース。コースを知ったからといって速く走れるものでもなし。調整出来るほどの力量もなし。行き当たりばったりであーる(後から気付いたのは受付で頂いた資料に詳しく出てた…)。

スタート地点、自己申告で「2時間〜2時間30分」のプラカードの列の中程に並ぶ。ホントは「2時間30分〜」のところだろうけど。

スタートは10kmマラソンと比較するとペースがゆっくり。オーオー、これなら行けるかもしれない、と思ったのは、10kmまでだった。10kmで全ての力が尽きた。折り返して、あと半分もある。ゲー。走りながら筋肉痛。喉はカラカラ。水をがぶ飲み。アクエリアスもがぶ飲み。お腹はチャプチャプ。

ついに15kmあたりからは、歩き出す始末。
その後は、歩いたり、走ったり、、、。
そうして、最後の2kmの表示を見てからは、トボトボと走る、と言っても歩いてるのと、なんら変わらないほど遅いんだけど。

結果、おかげさまで、どうにか制限時間内に完走(完歩?)いたしました。
今大会は(荒川河川敷という場所のおかげで)制限時間が3時間と長め。国道などを使うと2時間半程度が多いのではないだろうか。

私は2時間35分くらいだったと思う。というのは、せっかく(気仙沼のジェイズミウラで購入した)ストップウォッチ付きのイイ時計をしているというのに、到着時、あまりの疲労困憊に止めるのを忘れた。正式なタイムは届くのを待つとしよう。

スタートとゴールのアーチ。ここがどれほど遠く感じたか。

1504.jpg

ゴールした時は、倒れそうでござんした。フラフラー。
会場の様子をあとから撮影しようと思ったら、私がゴールした頃には、すでに撤収が始まっており、倒れ込むように座った位置から撮った写真はこちら。荷物預け用のビニール袋がゴミになっている。こんな写真しか撮れず。

1504.jpg

ゴール直後のアタクシ。放心状態。

1504.jpg

帰りの千代田線と丸の内線は熟睡。家に帰っても放心状態。少し眠り、やっとのことでシャワーをあびて、夕食を食べ、これを書いている。

あとは寝ます。おやすみなさい。

追伸:こんなんじゃ、とてもフルマラソンは無理だったワン。

東京マラソンに応募者・多数

このごろ雨が多いわ、忙しいわで走ってない。
久々にジョギングすると、ちっとも走れない。とほほー。

ところで来年2月に行われる東京マラソンは9万人以上の応募があったそうな。
フルマラソンは2万5千人に7万7521人の応募があったらしい。
抽選に当たるかどうかは10月のお楽しみに。

ジョギング

気仙沼に帰ったり、夜にいろいろ予定があったりで、このごろ走ってない。これはいかん。
久々に40分ほど走った。
ぐへー、ちっとも走れないっス。

夜に走るという行動パターンを変えないといかんかも。
走った後は、気分いいっすよー。

ウォーキング:3時間

昨日、善福寺川緑地辺りを3時間ほど歩いた。
ジョギングコースとして良さそうだと前々から思ってはいた。思ってたけど行ったことがない。

公子ちゃんの本「はずかしい」にここをジョギングした話が出ていて、触発されて行ってみた。

自宅からその善福寺川緑地に行くまでに歩いて1時間かかった。
その途中の道には、「日本じゃないみたい」な某宗教団体の大聖堂を見ては写真を撮ったり、テレテレと歩いた。
大聖堂

大宮神社。その裏手には緑地が広がる。
大宮神社

オオオ、これはいい感じですのー。
ジョギングする人、歩く人、バーベキューする人、ベンチでお弁当を食べる人、犬を連れている人。
善福寺川緑地

善福寺川緑地

善福寺川緑地

さらにテクテク歩き、緑地の終点まで来た。
みると、東京で始めて暮らした住所・杉並区成田西4丁目じゃありませんか。おもわず、そちらに方向を変える。前方にどこかの駅に向かっていると思われる学生もいるので、まぁ、いずれどこかに着くだろうと呑気に考えながら、まわりをキョロキョロ見ながら歩く。
すると、突然、目の前に私達が暮らしたあの女子寮が表れた!
旧・共立女子大寮

旧・共立女子大寮

ここだ! ここが東京で始めて暮らした女子大の寮でござんす。
卒業してからゲゲゲーーー25年ぶり。
女子寮は、今年、新しい寮に移転したのを機に閉鎖されたので、誰もいないだろうガランとしたたたずまいだが、あの日のままだ。

ここですぞ、この玄関で同級生と待ち合わせて、一緒に通学した。
旧・共立女子大寮・玄関

玄関を見ると2階建てだたが、私は新寮と呼ばれた4階建てで2年間を過ごした。
そちらにグルリとまわってみる。
旧・共立女子大寮・新寮

当時は、女子寮はバラの木で覆われ、そのトゲで外部の侵入を防ぐという策を講じていた。そのバラの木はなくなり、こういった鉄のものに変わっていた。

デンジイと呼んでいたおじさんが毎日バラの手入れをしていた。デンジイは60代ではなかったろうか? 元々は電気関係の仕事をしていたらしい。寮のあらゆる修理も担当していた。それで電ジイという名前だったように思う。

今思うと、こんなに道路に面して建っていたのか。
庭のテニスコートは草が生い茂っていた。ちょっと小高くなったところにはビニールハウスがあって、そこでデンジイが花を栽培していたはず。今はあるじを失って、草だけが生い茂っている。
旧・共立女子大寮・お庭

その昔はこの辺りは別荘地だったと聞いた。大きな邸宅が並び、全体にひっそりとしていた。各家には緑が多く、人口密度が低いから道路を通る人は少ない。非常に閑静な住宅街だった。朝になるとお迎えの黒塗りの車が並ぶというそういう場所だった。

その大きな邸宅は何棟ものマンションに変わっていた。そのうちの一つが女子大の「新しい寮」になったようだ。

もう一周する。
玄関の上は、お裁縫室だった。
当時の女子寮には500名近い生徒がいて、当時でも「部屋にコンセントがない」ことは同級生を驚かせたわけで、電気が使えるのはお裁縫室だけだから、髪をかわかす為にドライヤーを持って、コンセント待ちをした。同級生同士でブローしてあげたり、そういうことも楽しい思い出だ。

この玄関で、私は私の両親と始めて別れた。

その翌年、下級生を向かえる係として玄関で案内をしていると、一つ下のリカちゃん(目がクルっと大きい、リカちゃん人形のようなかわいらしい人)は見送りに来た家族と別れる時に、大泣きをした現場に遭遇した。

「大丈夫ですよ。すぐに慣れますから」などと上級生らしくしっかり者を演じた。私もその前年は寂しくて泣きたかった事を思った。

あの時と同じ通学路を南阿佐ヶ谷駅に向かって歩いてみる。マンションに建て替えたところが多くて迷う。そんな中、最初に身の回りのものを買ったと思われる店はある。「須賀神社」もあの日のままだ。変わった建物と古い建物を交互に見ながら、南阿佐ヶ谷駅にたどり着く。
須賀神社

南阿佐ヶ谷駅の上の本屋さん、まだあるかなー?とのぞいたら、あった。
あの時と同じく、所狭しと本が積んである。学生が多い街なので、昔も今も文学的な本が多く並ぶ。詩や短歌のコーナーもある。ユリイカはバックナンバーも置いている。嬉しくなった。ありがとうの感謝の気持ちを込めて本を2冊買い、地下鉄に乗って帰った。

ジョギング(なまけ虫・発生中)

夏は、私が参加出来るような手頃なマラソン大会が(東京近郊に)ない。秋までは自主トレと決め込んだ。すると途端に「なまけ虫」が発生してしまう。いかん・いかん。

「ランナーズ」を読むと、夏は暑くて走るのがいやになるけれど、毎日30分程度走る(走り続ける)ことが大切なようだ。30分コースをトコトコ走る。走った後は爽快。走る前は「なまけ虫」が大量にウジャウジャわいて出る。「なまけ虫」とどれだけ戦って勝つかが勝敗の分かれ目だな。

ワールドカップサッカーは残念でした。
強いチームはよく身体が動いているし、気も充実している。これはやっぱり日頃の練習の成果だと思う。ハングリー精神といいますか。今の我々は食うに困らない生活を送ることが出来るし、夏はクーラーの下でぬくぬくすることも出来るから、ハングリー精神を鍛えることは、よほど頑張らないといけないなぁ。そういう時においても頑張り抜くためにどうしたらいいか、知恵をしぼらないとね〜。

ということで、「東京マラソン」に申し込んだ。はてはて、走れるだろうか・・・。