今年もふるさと納税しました〜。
「気仙沼まちづくり応援寄附金(ふるさと納税)」ページをご覧ください。
昨年は義援金という形で納めました。
今年は、ふるさと納税のページが復活しています。
1万円以上納めた方には「特産品送付」もございます。
毎年、小額でもいいから続けようと思っています。
確定申告をすると住民税に控除がありますから、ほんの少しの手間はかかりますが、な〜に、思うほど大変ではありません。お気持ちをひとつ宜しくお願いいたします。
今年もふるさと納税しました〜。
「気仙沼まちづくり応援寄附金(ふるさと納税)」ページをご覧ください。
昨年は義援金という形で納めました。
今年は、ふるさと納税のページが復活しています。
1万円以上納めた方には「特産品送付」もございます。
毎年、小額でもいいから続けようと思っています。
確定申告をすると住民税に控除がありますから、ほんの少しの手間はかかりますが、な〜に、思うほど大変ではありません。お気持ちをひとつ宜しくお願いいたします。
「箱根湯本」に来ております。
そういえば、箱根湯本駅に泊まるのは初めてです。
骨折した母が、横になると、どこかがあたるのか「痛い、痛い」と言っておりますので、まぁね、骨折してますから、数ヶ月はしょうがないんですけど、少しでもなぐさみになればと温泉に来ております。
「箱根登山電車」で箱根湯本から強羅に向かいます。あじさいは咲き始めたばかりでした。下の方は咲いているけれど、少し上がると、まだまだこれからでした。来週、再来週あたりは見頃でしょうか。
ロープウェイを乗り継いで芦ノ湖をめざします。
下を見るとこわーい。

芦ノ湖に到着すると「海賊船」に乗って、芦ノ湖の旅。
その昔、母が仙台の学校に通っていた頃に箱根には来たけれど、天気が悪くて遊覧船に乗れなかったとかで、嬉しそうでした。
「海みたいに広いねぇ」

「元箱根港」近くの「箱根家」さんでおそばを食べまして、

玉村豊男さんの「ライフアートミュージアム」をブラブラと見てまわり、
近くの「らをや」さんで、お抹茶頂きました。
和菓子も手作りされているそうです。
お茶は裏千家だそうでございます。

帰りもまた、のんびりとロープェイを使って降りて、箱根登山電車で箱根湯本へ。
箱根湯本駅のコインロッカーに預けていた荷物を取り出し、少しばかりのみやげを買うと、弟一家が待つ横浜に向かって、旅は終わりました。
箱根はやっぱり良い場所ですねぇ。
母があまり興味がなかったので「箱根駅伝ミュージアム」には行けずじまいだったので、今度はそういったところも行ってみたいと思ってるのでございます。
母が、ある用事で上京いたしました。
用事は月曜日にありますので、本日と明日は私とぶらり旅です。
昼ごろ、東京駅に迎えに出て、駅内で「そば」を食べると、東海道新幹線で「小田原」へ。
小田原駅は通過点で、ほとんど下車することがないですよね。
ここで降りて街の中に出るのは初めてです。
駅は立派ですね〜。小田原ちょうちんでござる。

あいにくの雨なので、100円ショップで買ったカッパを着ての移動です。
小田原城は、思ったよりも駅から近くて、城址公園に入るまでは5分程度ではないでしょうか。
天守閣の中を見ることが出来ます。
拝観料は400円。母は障碍者手帳を見せて無料で入れて頂きました。
私も介添えということで無料になりました。ありがとうございます。
天守閣は5階までありました。
ゆかりの品々が展示されていて、見応え十分ですゾ。
個人的には、もっと城内を色々と見てまわりたかったのです、さすがに母は足腰が弱っているようです。好奇心も以前に比べたら半分くらいでしょうか。
それでも、同年代のご婦人と比べると好奇心旺盛な方だとは思います。
ま、私はいつでも来れますから、、、。
本日の宿「箱根湯本」に向かいます。
「箱根湯本」駅で下車すると「あじさいばし」というのがあり、それを渡りますと、本日のお宿「湯本富士屋ホテル」がありました。駅から近いんですね。

チェックインすると「広いお部屋が空いているのでアップグレードいたします」そうな。これはラッキーです。
お部屋に通されますと、エエエ〜〜〜、何をどう間違えたのか、、、すごい広いお部屋です。
こんなテーブルまであります。ヘェー。

母が「あんだ、、、間違えだんでないのすか?」と心配そうに見ます。
私も、「あのぅ」とベルボーイさんにたずねると、こちらで良いそうです。
あまりに広くて、どこに荷物を置いたらいいのでしょう?w。
喜び勇んで、ダンナや弟に電話かけまくりで、「すんごい広いよ!」と大興奮でございます。
夕食付きのプランでの宿泊。
夕食は「和食」か「中華」か「フランス料理」から選択が出来ます。
母は「フランス料理!」とな。
普段、食べることの出来ないものに、果敢にチャレンジする母でございます。

食事の後は「ほたるの里」に参りました。
ホテルのすぐそばにある「ほたる公園」に「ほたる」がすごーいたくさんいました。
目が不自由になった母にもシッカリ見えるほど、たくさんいます!
あっちにいる、こっちにもいる、わーわーと、しばし大興奮。
ステキな旅になりました。
「気仙沼サポートビューロー(KSB)」の定例会が飯田橋のルノアールの会議室で行われました。
気仙沼出身者らの飲み会からスタートしていますが、気仙沼の役に立ちたいと思っているうちに、きちんとした組織になり、そして、「これから」をいつも考えています。
今年に入ってからも、気仙沼市町を招いてのフォーラムや、勉強会などを催して来ました。
それぞれに仕事の合間での活動ですから、制約は多いけれど、その中で、私達に出来ることを見つけて進んでおります。次回は7月上旬に定例会開催予定です。
気仙沼「たにぐち」のおかみは、同級生のリョウコちゃんです。
あの震災で、お店(お寿司屋さん)もご自宅も流されてしまった「たにぐち」さん。
復興屋台村「気仙沼横町」という仮設店舗で営業再開したとテレビで見ました。
そうこうしているうちに、新町(旧いろりというお店跡)で営業しているという噂を聞きました。
もう、今日は東京に戻らねばならないのですが、行ってみましょう。
母と一緒にランチです。
母のアパートから駅に行く途中なので、通り道になります。
お店の名前は「地物屋 たにぐち」となっていました。
(宮城県気仙沼市新町6-5 TEL:0226-21-3038 定休日は水曜日)
お店に入ると、リョウコちゃんが「あれ〜!久しぶり〜!」と迎えてくださいました。
遅くなってごめんなさい。
お互いに「今はどうしているか?」とか、「あの時、どうしてだのっさ?」とか、話は尽きません。
仮設で営業再開が決まった時、着物も全て流されてしまったため、着物はレンタルしたそうな。
それを聞いた東京の方が「今はもう着ないから」と着物を送ってくださった方がいらしたそうです。
それが本当にありがたいって。
お店には「東スポ」に掲載された「渡辺謙」さんとお客さんの皆さんと一緒に撮った写真が飾られていました。
渡辺謙さんがお店で気さくに話してくださること、支援してくださったことが本当にありがたいって。
話は尽きないのですが、汽車の時間も迫っております。
お昼のメニュー、2100円のランチをお願いしました。
とても美味しいです。
元々は、気仙沼でもトップクラスのお寿司屋さんです。
次は、夜にお寿司を食べに来ましょうね。

私たちの年代(50歳前後)で被災した友人らは、その状況が人によって大きく異なります。仕事を再開出来た方も、いまも再開出来ぬ方もいます。なんとも難しい年齢になりました。
とにかく、働ける間は働きましょうね、とエールを交わして、駅に向かいました。
今回もまた慌ただしくやって来て、慌ただしく帰ります。
弟一家にも会えず、同級生にも会いに行けず、、、
というのは、昨日のマラソンの後は、疲労困憊で夜はひたすら寝ていたのです。
ダンナは一足先に帰りまして、私と母はゴロゴロ寝ていたという・・・。
そんな私と、母を見舞って、同級生のマミちゃんが、母の小さなアパートに来てくれました。
ありがとね。感謝、感謝。
慌ただしくてゴメンね。
「気仙沼大島ランフェスタ」ハーフの部に出場しました。
キャッチコピーは「楽しむことが支援になる」いいですね〜!
それにしても、準備期間はとても短かった中で、このようにイベントを開催するには、スタッフの皆様の並々ならぬ努力があったと推察します。
朝、エースポーとから大島行きのフェリーに乗ります。片道400円。
エースポートの切符売り場は仮設です。

今日はJNNニュースの取材を受けたので、TV局の方が時々、撮影してくださっています。
少しでも気仙沼のことが放送されるなら!とお受けした次第です。
私は震災後、初めて大島に参りました。
本当はすぐにでも駆けつけたかったのに、、、遅くなってすみません。
船着き場を降りると、そこにあるべきはずのお店が一つもなくなっていました。
おつぎやのバッバも、震災の犠牲になったと聞いていましたが、その跡を見ますと言葉を失いました。
あの日、大島の被害は大変に大きなものでした。
そして離島のために物資が届かないというご不便がありました。
そのことを思い出しながら歩きます。
ゼッケン番号は「1009」
「大島よ永遠に緑の真珠であれ」のキャッチコピー。
大島を「緑の真珠」と詠んだのは、大島出身の詩人・水上不二さん。

荷物を預けてトイレを済ませると、スタート会場である「ふれあい広場」に向かいました。
小学校から5分とアナウンスしていました。下り坂です。

気仙沼のランナーと再会しました。
皆様、ご無沙汰してしまってすみません。
チバさん、ミシマ先輩、シンイチ君、サイトウさん。
皆さん、お元気そうで良かった。
北海道からいらしてくださった、ヤマカミさんご夫妻、ハシさん、ありがとうございます。
復興箱根駅伝に参加してくださった平成国際大学の皆さん、気仙沼にようこそ!
タカハマ君の会社の若いお嬢さん達にも会いました。頑張ろうね☆
オオオっと、マラソン完走クラブの練習会でご一緒しているクマガイさんは、東京を引き上げて気仙沼にUターンしたそうです。しかも昨日から!
スタート会場はちょっとした同窓会です。
毎年開催されていた「気仙沼大島つばきマラソン」と比べると、若い方が圧倒的に多いことに驚きました。しかも!若い女性が多いです。華やかですのぉー☆
関東方面からいらしている方が多いように思います。
言葉が関東ですw。
ステージでは菅原市長や衆議院議員・小野寺五典君(同級生)もスピーチしてました。
ゲストランナー「長谷川理恵さん」もステージに立っているのを遠くから眺めました。
遠くから見ても、肌はツルツルで美しいオーラが出てましたよ〜。
田中律子さんもいらしているようです。
こちらには花の鉢植えを色通りに並べてロゴを形作るというもの。

さ、いよいよスタート時間が迫っています。
最初は10kmの部が10時スタート。
ふれあい広場から、車道に出て、スタート地点に移動します。
ハーフの部は10時10分スタート。
テレビカメラさんも一緒にいらしてます。
重い荷物を持って、選手よりも大変です。
本日、ここに立てたことに感謝します。
主催してくださった皆様、大勢のボランティアの皆様、大島の皆様、本当にありがとうございます。
号砲!
ワーーー!
ハーフの旅に出ます。
最初はダンナも一緒ですが、ほどなくして私が前に出ました。
コースはアップダウンがあって、なかなか厳しいコースです。
しかも、暑い!
これは給水をまめに取らないと貧血になりそう。
少し行くと、ダンナに抜かされました。
「がんばれよー」とか言っちゃってます。
悔しいけど、マイペース、マイペース。まだまだ序盤。
ときおり吹く風が心地よく、塩の香りがします。
空は青く、樹々は美しい緑。藤の花が咲いています。
昨年のあの大津波がウソのように、海はおだやか。
大島の方々の応援は「がんばれ」ではなくて「ありがとう」でした。
「大島に来てけで、ありがとね」
ハイタッチした若い男性には、
「なんと、いい息子だ」
おばあちゃん達の笑顔にランナーは勇気を頂きます。
それにしても、沿道の応援者の年齢は高いです。
皆さんが力を合わせて、震災を乗り越えようとしているんですね。
前から落ちてきたダンナをつかまえて抜き返しました。
へへへー。
アップダウンが続きます。
美しい風景の中にガレキの山があります。
土台だけ残って、家がなくなってしまったところもたくさんあります。
走りながら、ジーンと来ました。
私にいったい何が出来るのだろう。
私は今ここにいないのに、、、
帰ってきたい、けれど今は帰れないのです。ごめんなさい。
いかん、少し行ったところで、後ろからヒタヒタと近づいてきたダンナに抜き返され、今度はスーっと前に行っちゃいました。力をつけましたなぁ。私はマイペースです。
テレビの方が、走る私と一緒になって、走りながらの撮影です。
重いカメラを持って、いやぁ、大変でしょうに。すみません、私も力をゆるめずに参りますよー。
大島の皆さんの多くの方に「ありがとう」「どうもね」と声を掛けながらのランです。
可能な限り、ハイタッチも。
お互いに、ありがとう、ありがとう!
もうすぐゴールが近づいています。
すると、オオ、前方にダンナの姿を発見。
もっと前に行ったと思ったら、意外に近い?
私は上り坂で距離を縮めるも、下り坂で引き離され、そうこうするうつに20km地点を通過。
あと1キロ。
そこで、テレビの方からインタビュー。
ヘーヘー・ゼィゼイしながら応えてるうちに最後の折り返し。
折り返した後に坂道を登るなんて、ホントこれはきついわ。
そして、ゴールです!
ダンナとは1分ほどの差でした。悔しいですのーw。
不思議ですけれど、身体は疲れているのに、大島と一帯になって、まだまだ走っていたい気持ちになりました。
手元の時計ではこのような結果です。
スタートまで:数秒
5km:29:26
10km:28:15
15km:27:52
20km:26:38
ラスト:6:13
———————————–
合計:1:58:27(正式タイムは1:58:24)
勢力的に取材してくださったのは「JNN三陸臨時支局」さん。
震災後に、気仙沼プラザホテルを拠点にして、被災地の様子を全国に届けてくださっています。担当しているのは、JNN系列の全国の記者さん達。私の担当はテレビ山口のヤナギダさんでした。
とても良い方で担当してくださってありがとうございました。
翌日の昼のJNNニュースで全国に流れました。
あの後で、まとめる仕事をされていたのですね。さぞやお疲れでしたでしょうね。ありがとうございました。
気仙沼の老舗「割烹 世界」さんは、被災してしまいましたが、仮設の店舗で営業を再開しています。
お店のお嬢さんが作っているもので「畳のへり」を利用しているそうです。

店内に入るとここが仮設であることを忘れるような造りになっていました。

私達は椅子席を(14席)を貸し切りにしまして、部屋の隅にはこのように飾られていました。

気仙沼には「徳仙丈(とくせんじょう)」という山があります。
標高711m。
平成の大合併前は、気仙沼市と本吉町の間にあった山です。
ここの「つつじ」が大変に見事だというので、気仙沼サポートビューロー(KSB)の皆さんと「行ってみよう!」と話し合っていたのは、もう一昨年の話。
それで、昨年の5月に「行きましょう」と言っていたのが、あの大震災でそれどころではなくなりました。
今年もどうかな?と話していましたが、私達が訪れることで、少しでも気仙沼に活気が出れば、、、なんて、自分勝手で申し訳ないですが、そういう気持ちもありまして、「エエイ!行きましょう!」
徳仙丈つつじツアーです!
ツアーというと大げさですが、みな気仙沼出身ですから、宿泊も実家に泊まる方も多く、このような計画です。
一ノ関駅の「東口」で待ち合わせて、
貸切マイクロバス(気仙沼市古町の「大上観光」さんにお願いしました)に乗って、徳仙丈へ。
山でお弁当を頂いて、
バスは気仙沼、南町へ。
宿泊は、実家や親戚がある方はそちらへ。
宿泊がない方には、魚町「大鍋屋」さんへ。
ツアーというほどのものでもございませんが、ほとんどが「徳仙丈はじめて!」というので、遠足気分でございます。
骨折入院で、ちょっと気弱になっている母も誘いました。
大上観光さんのバスに乗って、一ノ関で合流です。
すっかり気落ちしている母は、最初は「行かない」なんてゴネましたけど、そのうちに母もウキウキしてきて、結果的には一番テンションが高かったようなw。
「徳仙丈のつつじ」は本当にすばらしいです。
こちらは、佐々木梅吉さんという方が、農作業の後に山に入って、つつじのメンテナンスをすることで、このように見事な名所に育てたそうです。
つうじは実に50万本と言われています。
第2展望台には椅子がありましたので、こちらでお弁当を頂くことにしました。

こちらは豪華「宮登(みやのぼり)」さんのお弁当。

急遽、人数が増えたために豪華「割烹 世界」さんのお弁当も。

母は目が不自由で杖をついていますが、足は丈夫です。
頂上まで行ってみる?

そして気仙沼も。この景色、とてもカメラには収まりきらない。すばらしい絶景!

頂上はまだ満開ではありませんでした。
ここが満開になると、山じゅうが真っ赤になるそうです。

これほどにすばらしい徳仙丈!
ぜひ、全国の皆様にも訪れて欲しいと思いました。
「徳仙丈山のつつじ開花情報」をご参考になさってください。
この後は、気仙沼市街地に向かいます。
被害が大きかった松岩や内ノ脇を通っていただきました。
そして鹿折の大型船の前を通って、大鍋屋さんへ。
大鍋屋さんで一息ついた後は、本日の打ち上げ会場に参ります。
南町紫市場の「割烹 世界」さんへ、さぁ、参りましょう。
「気仙沼サポートビューロー(KSB)」の定例会が飯田橋のルノアールの会議室で行われました。
4/21に開催した「復興フォーラム」の勉強会「海と生きる」の反省会などがテーマです。
それから、今後の活動についても。
色々な意見が出て2時間では足りないほどでした。
私も、色々なやりたい事はある。
けれど、本業もある。
どの程度、「時間とそしてお金を使えるか」は人それぞれ異なります。
そういう中で会の方向性をまとめていくのは難しいものです。
それでも、手探りで一歩ずつ前に進んでいると思います。
この活動にご興味がある方は「お問い合わせ」からご連絡ください。お待ちしています。
母と一ノ関駅にて待ち合わせて、これから「矢びつ温泉 瑞泉閣」に参ります。
ホテルのお迎えのバスに乗りました。
母は、骨折して手術していたので心配していましたが、思いのほか元気で安堵しました。
一ノ関からバスで30分ほどかかりましょうか?
ホテルに行く途中でバスが留まり、団体で申し込んでいる方々が続々と降りています。
運転手さんが、「4時10分でーす」と言ってます。
どうやら途中下車して観光をされるようです。
母が、「降りられるんですか?」とたずねると、
「いいですよ」とのこと。
私どもも便乗することにいたしました。
母が言うには、「ここまでなかなか来れないから」と。
大きな荷物は、そのままホテルに届けて頂くことに。
対応してくださったホテルの方に感謝いたします。
そこは「厳美渓(げんびけい)」でした。
私は「猊鼻渓(げいびけい)」には行ったことがありますが、こちらは初めてです。
「仙台藩主・伊達政宗公が、「松島と厳美がわが領地の二大景勝地なり」と自慢しては、度々この地を訪れました。」とあるように、その眺めはすばらしい。
母は、父が病気をする少し前に、父の運転で連れて来てもらったのだそうです。
私の家族が家族旅行したという思い出は、子供の時にただ一度、仙台の「八木山動物園」に行った、それだけです。
高度成長期に、どちらのご家庭もそうだと思いますが、両親ともに忙しすぎた。
父は65歳の時に病気で倒れましたが、60歳を過ぎたころでしょうか、母を連れてドライブに行くようになりました。
母の「父との楽しい思い出」はその頃に集約されています。
厳美渓には、TVでも放映されたことがありますが、有名なおだんご屋さんがあります。
澤のこちら側で、このザルにお金を入れて、「ポンポン」と合図を送ると、団子とお茶がカゴで到着するという、なんとものどかです。

ドレ、私どももやってみました。
お団子は400円でお茶もついています。
3つのお団子が入っていて、美味しいです!

それからガラス工房(無料で入れます)でひとしきり遊び、母に「母の日のプレゼント」風鈴を買って、お迎えのバスに乗りました。
おもいのほか楽しい思い出が出来て良かったです。
「瑞泉閣」は一ノ関にありますが、気仙沼の方が創業したそうです。
母は、婦人会などで日帰りでは来たことがあったけれど、宿泊は初めてとな。

すばらしい料理の数々に、母はおもわず「これ4人前じゃないの? 席を間違えてるんじゃないの?」と言うほどです。

温泉もとても良くて、疲れが癒されました。
母の骨折も早く良くなるといいのですが。
少しでも、気晴らしになったでしょうか。