「今日の出来事」カテゴリーアーカイブ

新宿2丁目のお神輿

ビルの空調点検に立ち会うため休日出社。
社員には休んでもらって(月曜から働いてもらわにゃいかんですから)、アタシが出社してるわけ。

今日は新宿3丁目の「花園神社」でお祭りがあると、地下鉄のポスターで見た。するってーと、なにやら下で「ワッショイ」の掛け声!

あわててベランダへ。
オー、お神輿だわん。
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デジカメを取りに机に戻っていると、掛け声が止み、ちょうどビルの下あたりで休憩に入ったらしい。
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いそいそと外へ。お祭り大好き!
オー、お神輿!おみこし〜〜〜!
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あ、大勢の人!
新宿2丁目はオフィスが多いのに、こんなにお神輿をかつぐ人がいるんだー。
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そろいの半纏には「新二」の文字。老いも若きも活き活きしている!
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100円ショップの靴下

100円ショップで買った靴下をはいた。
これが100円かー。結構イイじゃん。
尊敬するIT系の女性経営者さんが mixi に書いた日記に触発されて買ってみたンだ。こういうものの品質が上がっているんだなー。

今の日本は、贅沢しなければ案外と安く生活出来るのかもしれない。

近頃、老眼が進んでいて弱る。
通勤電車で本を読む時にも老眼鏡が欲しくなってきた。混んだ電車で老眼鏡を取り出してかけるのは面倒に思う。今はなるたけ手を伸ばして読んでいるが、ダンダン不便になっていく。

ご同輩の皆様、いかがなんでしょ?
私は(それまで視力は良かったから)特別・早い方なのかしらん?

中学の修学旅行

中学校の修学旅行も様変わりしたよね。
私達の頃は…。

私は気仙沼出身で、中学の修学旅行は「日光と東京」だった。
当時は、気仙沼から一ノ関まで大船渡船に乗り、そこから東京には(新幹線はないので)特急「はつかり」とかに乗って、全部で8〜9時間以上かかった。

私の「初めて東京」は、この修学旅行。
私以外にも「初めての東京組」は多くて、テレビで見る東京に、妙な期待を持っていた。

日光東照宮を見た後は、東京にバスで向かい、上野動物園(バンダが珍しい時代)、東京タワー、国会議事堂、羽田空港、迎賓館(の前をバスが通るだけ)、銀座のデパートで買い物、という予定だったかと思う。

当時の気仙沼中学校は11クラスもあり、たしか2班に分かれて行動した。
それでも、泊まる宿は一つだったように思うがどうだったのだろう?
仮に1つだとしたら、500名近い人が泊まれる宿はあったのだろうか?

卒業アルバムを開くと、我々が泊まったらしき「日本学生会館」の写真がある。所在地はどこだろう?ネットを検索したがヒットしない。ご存知の方がいらしたら教えてください。

その頃の修学旅行の、唯一の自由時間は、「上野動物園内」と「銀座のデパート内」だけだったように思う。あとは、旗を持つ先生の後をセッセと付いて歩いたっけ。

弟が言うには「これって普段はなかなか行かない場所だよね」
オー、そうね。
東京出身者が案外と東京タワーに登ったことがなかったりする。

良い思い出です。

午後は晴れたよ

東京は朝から雨。
西山中学校の皆さんは、雨の修学旅行で大変だなーと思っていたら、雨は上がり、午後は晴れた。わずかな時間しか会ってないのに、なんだか母心だわ。

そこに西山中学校の先生が、わざわざ挨拶にお見えになった。
ご丁寧にありがとうございます。

こういった先生のご指導があって、生徒さんがキチンとしているんだなーと感心。
マスコミなどが先生の事を取り上げる時は「良くない時」と決まっているが、実はこのように熱心な先生は多いんだろうね。西山中の皆さん、楽しい思い出がいっぱい出来るといいね。

歓迎:西山中学校3年の皆様

宮城県仙台市立「西山中学校」3年1組の7名の皆様が、テレパスにお越しになった。

「訪問学習」といって修学旅行を利用して、職場を訪問して話を聞くというもの。

上野駅から自力で、テレパスまで訪ねて来てくださった。迷わずに来たとのこと。すごいねー。

皆さんは、挨拶はきちんとしていて、おみやげまで頂いて、驚きました。
私への質問項目も事前によく考えられていて、私からの逆質問にもきちんと答えています。我々、大人の方が、ちゃんとしていないかもしれないと、教わった感じ。
西山中学校の皆さん

私から中学生の皆さんに伝えたいのは次の通りです。
(これは毎年、新入社員の皆さんに話している私の考えです)

質問:起業家になるために必要な事はどういうことだと思いますか?

「そうぞう力」です。
「そうぞう」は、「想像」であり、「創造」でもあります。

頭の中は、無限に「自由」です。
それは、どんな権力を持ってきても、制限することの出来ない場所なんです。
その自由な場所で「想像」を繰り返し行うことで、「創造力」が増し、豊かな人生を送ることが出来るでしょう。

ちゃんと伝わったかな?

皆さんの「学生時代の思い出」はすばらしい財産です。大切にして下さい。

振り返れば、私が中学生の頃には、こんなにちゃんとしていなかったように思う。今日、お越しくださった皆様、来て頂いてありがとう。
西山中学校の皆さんと私

昭和の歌を口ずさみながら…

事務所のラジオから山口百恵の「としごろ」が流れた。一緒に口ずさんだ。
良き昭和の時代。気仙沼は元気だった。私も若かった。グスン。

キーチ君のmixi で「イコーレ気仙沼」が閉店した事を知った。
時の流れとはいえ、切ない。

「イコーレ気仙沼」は、1966年にオープンした「丸光(まるみつ)」デパートが前身である。気仙沼に最初にエスカレータが登場したのは「丸光」だ。私が小学校1年生に入学する年に祖父とエスカレータに乗って、私の「鉛筆けずり」を買いに行った。

私の祖父は、その時代に、すでに珍しくなった「和服」を通した人で、エスカレータに下駄で乗った。その途端に、足を取られた祖父がひっくり返ってしまった。

先に「初めてのエスカレータ」にチョコンと乗った私は、すぐ後ろでドテっという音と「イデデ」という祖父の声、係の人があわててやってきて、エスカレータが停まった事が鮮やかに蘇る。祖父は明治生まれには珍しく身長が180cmほどある大男で、そのうえ和服だから、ただ居るだけで目立つ人だ。エスカレータのまわりは多くの人が集まって注目を浴びた。その時買った「鉛筆けずり」は、まだ実家で母が使っている。

そんな「丸光デパート」は、高度成長とともに潤った。屋上には子供の遊び場があり、乗り物には子供達が列をなした。とにかく日曜日には大勢の人が繰り出した。

ところが、郊外に大型スーパー・ジャスコが出来て、その巨大駐車場に若い人達がいってしまい、旧市街地はスッカリなりを潜めた。

私の家は「丸光」に5分とかからぬところにあるから、それでも、何かと買い物に行った。「丸光」は「ビブレ」と名前を変え、「ビブレ」が撤退する時には従業員らがお金を出し合い、「イコーレ」として再スタートしたがままならず、帰省するたびに「がんばってください」となにがしかの買い物をしたが、その度に縮小されていくのが痛々しかった。

キーチ君が言うように「ノスタルジーでは語れない」そこには現実がある。旧市街地には年寄りばかりが残った。年寄りは車の運転が出来なくなる。足が弱る。近くの店で買い物をしたいと、口をそろえて言う。それでも購買力が足りない。60歳以上がいなくなったら、本格的なゴーストタウンになってしまうのだろうか? 若者が住まなくなってしまった原因を探し出し、改善していくほかはないのだ。

仮に気仙沼の旧市街地だけが、このようなシャッター通りであるならば、気仙沼の問題とも言えようが、日本全国でこのような事態になっているということは、もっと大きな考えでもって、地域を再生しなければならぬ。

私の家の2階から眺める気仙沼湾は、穏やかでキラキラしている。
その2階の応接間の椅子に座り、海を眺めた祖父を思い出す。
このきらめきをもう一度、なんとかならないだろうか?>全国に住む気仙沼出身の皆さま。

マイルス聴きながら

あーあ、今日でゴールデンウィークはおしまい。
(従業員の皆様、社長もそんなことを思っているわけヨ)

朝から雨。
重い腰をあげて、この連休の目標「掃除」に着手。最終日に着手じゃ遅いっツの。
朝から掃除、昼飯食べて掃除、3時に休んで、疲れ果てておしまい。

たまりにたまった色々な物をゴミ袋に入れて、クイックルワイバーして雑巾掛けして。主婦の皆さんはすごいなー。

私に子供がいたら、絶対、グレたと思うよ。母親がこんなに無精じゃねー。

こんな私だが、祖母がキレイ好きで、あたしは小学生の低学年から雑巾掛けをやらされ、祖母、叔母(嫁に行ってからは母)、私の3人で朝飯前に掃除。昔の主婦は働きモンだったねー。祖母は年中、着物(和服)を着ていたので、サっと「たすき掛け」して、頭に「日本手拭」を巻いて始まるわけだ。まずはハタキでパタパタやり出して、「リーコちゃん(私のこと)、サッサっとやらいよ」「ふぁーーーい」とね。

あーあ、今の私を見たら、婆ちゃんは卒倒するに違いあるまい。

掃除の間、MILES DAVIS(マイルス・ディビス)の「BAGS GROOVE(バグス・グルーヴ)」のCDをリピートしてかける。
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マラソンもそろそろシーズンオフなのでジャズピアノをね、弾いてみたいと思うわけだ。まずは「曲を聴かないと」と会社のY君からアドバイスを受ける。小太郎はマイルス聴きながら寝てる。

このまま休みが続いたらいいなーと思うが、休みは、ちょこっとしかないから嬉しいもんだ。毎日が休日では案外とつまらない。

少しばかりスッキリした部屋で、今度はゆっくりマイルス聴きながらブログを書く。

Cafe La Bohemeでイタリア料理

Iさんと、Iさんの3人で、 新宿御苑の「Cafe La Boheme(カフェ ラ・ボエム)」で食事をした。

お2人はヨーロッパに赴任中に知り合ったそうで、当時はいずれも大手企業にお務めだったが、今は(2人とも)独立している。

一人のIさんから「インドIT」の話を伺い、もう一人のIさんから「コンサルという職業について」と「経営について」のお話を伺う。

それとは別に、趣味の「身体を鍛えることの楽しさ」よ。

お一人は、ウルトラマラソン(100km)にも出場するほどのランナーで、お一人はボディビルで肉体を鍛え上げていて、すごいの。

私も、何かキラリと光るものを持ちたいものであります。

Iさんの馴染みの店「「Cafe La Boheme」は新宿御苑駅近くにあるというのに、私は初めて入った。

店内から見る新宿御苑の緑は、ここが都会の真ん中とは思えない居心地の良さ。
お料理は抜群に美味しくて、特に、うすーーーく焼いたピザにはちみつを付けて食べたのは初めて。おいしぃー。

走る時に考えてること

おとといのマラソンの疲れがやっと少し取れてきた本日、皆様、いかがお過ごしでしょうか?

おとといのマラソンは、コースは平地だが、時折、強風が吹いた。
走ってる最中、頭の中は暇ですから、いろいろな事を考える。

大げさかもしんないけど、強く吹く風を人生に例えてみたりするわけだ。

一番いいのは「追い風」ね。
足はスーっと前に出て、気分が良い。
うまく乗れるとタイムも良いはず。

言うに及ばず、「向かい風」は辛い。
「向かい風」の時に、体力と気力を消耗しないように、いかに、やり過ごすかを考えている。この時は、我慢、我慢、我慢。ひたすら我慢して、その時が過ぎ去るのを待つしかない。

ね、人生と一緒でしょ?
そんでもって、「無風」がいいかといえば、意外とそうでもない。
なんというか、つまんないわけよ。

お商売も、向かい風は我慢をして、追い風にしっかりと乗れるようにしなくちゃいけないのです。そしてやっぱり「無風」はつまらないんだな。

もっとも、実際のお商売はそう単純ではなく、今「追い風」かどうかを、感じ取る力(勘)が働かないとダメよね。

そんな事をツラツラと考えながら、トボトボと走る私であります。

社内のMeetingで…

本日、東京は暖かい。この数日間、寒い日が続いていたので、気温についていけてない。
定例の社員Meeting。新人さんのプレゼンがあった。
とても良く出来てました。

私から社員には「聞く力・伝える力」を強化することを話した。これは「社員へ」というよりも、むしろ私自身が強化しなければならないのであります。年齢を重ねると、つい、相手も「こう思ってくれるだろう」と頭のどこかで思っていて、言葉が足りなくなってしまう。経験による弊害とも言える。がんばらないと!

社員のデモでは、「XML データを読み込んで Flash でグラフにして表示するもの」(完成してお客様に納品済み)を見せてもらった。PHPとActionScript を使って、円グラフ(中をくりぬいたドーナツ型)を作るところは、ちょっとした工夫をしているらしい。ある大手システム会社の下請で作ったもので、Web上には公開出来ないが、なかなかおもしろいモノを作っている。お客様の評判も良かったとのことで安堵する。