iPhone音楽部

今日は「Macで音楽クラブ」の定例会の日ですが、会員のナガミネさんが「iPhone音楽部」のイベントで発表するというので、我々会員も「見に行きましょう!」という話になりました。

広尾ソフトバンクのショップは、まだオープン前の工事中でした。
その建物の2階にてイベントがあります。

昼の部が13時〜15時まで。

こちらがiPhone、iPadでの演奏しているところです。
もうね、iPhone、iPadがまったく別の楽器になっちゃった感じ。
使ったソフト「Thumb Jam」が実に楽しそうで、私も即座に買っちゃいました!

ナガミネさんは、ベースをiPadに録音。
iPadがここまで出来るのか!という思いと、iPadがあれば音楽作れちゃう今の若者っていいなーなんて思ったり。

そして、18時まで、近くの喫茶店で時間をつぶして、夜のライブにも参加しました。
おおとりは、「mi-on」さんと、ゲストにオペラ歌手の渡辺悦子さんがなんと3曲も歌ってくださいました。

私はオペラを見たことがないのですが、その声の迫力、そして美しい歌声。
感動です。

アベ・マリアの2つのバージョンをそれぞれと、蝶々夫人。
それをmi-onさんのアレンジでハウスっぽい曲調の中で歌い上げました。ステキです。

iPhone、iPadの新しい可能性を感じ、そして、大変に刺激になった一日でした。

iPhone音楽部は、Facebookの中にあります。

気仙沼コンシェルジュ

Facebookに「気仙沼concierge」というグループが出来ている。

銀座にオープンした「銀座いきなり市場」を盛り上げようという活動をしている。例えば、お店にいらしたお客様が困っているようであれば、コンシェルジュとして声を掛けたり、商品の説明をするなどを手伝おうということだ。

そして、本日は、気仙沼から東京に送り込まれ、店頭で働いている方々との交流会(という飲み会)が催され、参加させていただいた。

銀座ライオン。
なんと、20名以上でしょうか。
さまざまな方がいらしていて、大盛況でした。

はじめましての方も、気仙沼つながりで打ち解けて、ともに気仙沼の復興を思って飲んだのでございます。

銀座にお店を出しても「売れる」には大変なご苦労がおありだと思います。まして、ご自身も被災されている身としては、本当に大変ですね。こういうお手伝いを企画して実際に活動している皆さんにも頭が下がります。

帰り道、歩きながら話していたら、本日・最年少の大学生が、後輩の息子さんと知って、またまたビックリ。必ず、どこかでつながってる!

読書:駅伝がマラソンをダメにした

「駅伝がマラソンをダメにした」生島淳・著。

2005年の年末に発売、そのタイトルからも大変に話題になった本。
その当時、著者が気仙沼出身の生島さんとは知らなかった。

その時、私はまだ走り始めていなかったけれど、箱根駅伝は毎年見ている。正月の午前中は、何をするでもなくTVを見ている。そして優勝シーンまで見ないことには今年が始まらない、そんな番組になっていき、そして走り始めた今は、大好きな番組を心待ちにして見ている。いつか箱根で実物を見たいものだと思っている。

駅伝が本当にマラソンにダメにしたのか?とか、当時、話題になった。

生島少年は、瀬古選手の時代には、ラジオの放送で聞いていたようだ。
私は瀬古選手の頃から箱根駅伝を見ていたものと思っていたら、全部を生放送するようになったのは、1987年と、つい最近のことであったとは。私の記憶にはシッカリと箱根を走る瀬古選手の姿があるのだが、それはニュースなどで、何度も瀬古選手を取り上げていたからのようだ。

1987年に日本テレビがすべてを放送するようになると、大学が広報として使えるということに気づき、選手獲得に懸命になり、そして箱根を中心として年間スケジュールが組まれるようになっていった。

それより前は、中距離選手が出場出来るような距離が用意されていたとは知らなかった。しかし現在の距離は20km前後と長い。

瀬古選手の時代には、12月の福岡国際マラソンに力を入れ、箱根は通過点の一つであったようだ。現在は違うだろう。長距離を走る大学生は、みな、箱根を目指す。

だからというか、西日本の大学や、高校から実業団に入った方々のように、箱根とは無縁の方がマラソンで記録を出したりしているという指摘は興味深い。

著者は、駅伝が大好きで、そしてマラソンも大好きで、だからこそ、このタイトルで書いたのだなぁと思う。

さて、今年もというか、来年も、ですね。
もうすぐ箱根駅伝です。

出場校が決まり、選手に登録された方々は最後の調整に余念がないでしょうね。
なんだかんだいっても、やっぱり正月の楽しみの番組です。

読書:スポーツを仕事にする!

「スポーツを仕事にする!」生島淳・著。

皆様、生島淳さんの「気仙沼に消えた姉を追って」は読まれましたか?
気仙沼の方はもとより、気仙沼に関心を寄せてくださる皆様に是非、お読みいただきたいです。

その本に、グイと引き込まれ、もっと生島さんの本を読んでみたくなり、まとめ買いしました。最初に読んだのが「スポーツを仕事にする!」です。

スポーツが大好きで、それも見る方が好きだったという生島少年は、大人になって、広告代理店に就職をした後も、その夢がなくならないどころか、その思いは増すばかり。そんなスポーツ少年、スポーツ少女は世の中にはたくさんいらっしゃるでしょうね。

そんな生島青年がどのようにしてスポーツジャーナリストになっていったか。
そして、スポーツに関わる仕事は、果たしてスポーツ選手だけではない。トレーナー、広報、メンタルトレーナー、様々あって、プロの世界では、そういった事の総合力で、強い選手が育っていく。

スポーツ好きにはたまらない1冊だと思います。

私は知らなかったが、最近では大学に「スポーツ」の学部が増えているそうです。体育大学との違いというか、「体育」と「スポーツ」という言葉の違いから受ける印象もだいぶ異なりますよね。

私もマラソンなんか趣味にしてしまってからは、毎月届くマラソン雑誌は隅から隅まで読んでいる。走るフォームのこと、サプリメントのこと、シューズ、ウェア、ランニングコース、大会要項、はては海外マラソンの広告、etc。

スポーツは20代、30代の頃よりも、もっと身近になった。そして、継続するためには、様々な工夫が必用になった。加齢ですから。

スポーツの仕事は、その種類も増えていくでしょう。
おもしろい時代になりました。

南気仙沼小学校のこと

三陸新報」という気仙沼の新聞を東京で購読している。

大震災の前日にたまたま定期購読の契約をしていた。契約した時には、まさか、このようなことになろうとは思わなかった。地元の情報を三陸新報によって得ている。

新聞代1,400円+送料1,000円、1ヶ月あたり2,400円。
半年か1年契約です。気仙沼以外の方もぜひ定期購読を。電子版もありますが、私は毎日届く新聞紙を楽しみにしています。定期購読のお問い合わせはこちらからどうぞ。

先日の一面には「南気仙沼小学校が気仙沼小学校に統合するかどうかについての懇談会が開かれた」という記事が掲載されている。これまで何度もこれに関する記事が掲載され、注目している。

南気仙沼小学校の誕生は、気仙沼小学校の火災によるものと記憶している。
ちょうど、私たちが入学する年の3月に気仙沼小学校が火災にあった。火災は夜だったか、朝だったか記憶は怪しいが、不審火だったような気がする。

その火災で、校舎一部を焼き付くし、私たちの年から、急遽、南気仙沼小学校が出来た。
そして、もし、今回の大震災にて「南小」がなくなるとするならば、火災によって誕生し、震災によって統合されてしまうという、悲しい運命をたどることになる。

弟の家は南小学区にあり、甥達は南小出身だ。
その地域は、被災が激しい一帯で、小学校も被災した。

南小出身の、中学の同級生らから話を聞くと、私達の代の間は、まだ校歌がなかったそうだ。6年間、校歌なしで過ごしたという話からも、急遽、出来たという感じわかる。そのためかどうかわからないが、私の同級生達の、南小の連帯感は強い。

それもそうだ。入学してから半年は、気仙沼小学校の中だったか外だったか、第2校舎などと呼ばれた古い校舎を仮の校舎として使っていた。そして、出来立ての南小にお引っ越し。真新しい校舎と、日本じゅうが高度成長期。これから何かが始まるという期待感、ワクワク感。そういったものが南小にはあったのかなと想像する。

現在の少子化の時代に、ただでさえ児童の数は減少していたのに、ここに大震災があり、家を失い、仮設に、アパートに、そして親戚宅に身を寄せている状況において、小学校の継続が難しいことは誰もが頭で理解している。

しかし、そこに心がついていくには時間がかかる。
これまで統合に反対してきた保護者から、初めて早期統合を求める声が出たようだ。そして今回の懇談会の論点では「児童の心のケア」や「統合時期」に絞り込まれたようだ。

自分たちの学校がなくなる寂しさ、喪失感は、私たちが通った女子高が、男子高に統合されてなくなってしまった経験を持つ者としては、なんとも切なく、色々なものを失ってしまった児童にとっては、どれほどの喪失感なのだろう?と悲しい気持ちになる。

でも、どうにもならないことが、世の中にはたくさん、ある。

会社の歓送迎会

会社を退社する方の送別会と、新しく入った方の歓迎会とが行われました。

会が始まると写真撮るのを忘れそうなので、始まる前の鍋を撮影。やっぱり、この後は一枚も撮らないでしまったから、これが唯一の写真です。

大手企業とは違って、私どものような零細企業に入ってくださることに経営者は感謝しています。入ってくださってありがとう。でも、様々な理由で、去ることになる方もいらっしゃる。理由は様々ですが、経営者が期待に応えられなかったことも理由の一つにはありましょう。そのことを真摯に受け止め、これからの活躍を祈りますとともに、私はテレパスという会社をどのように発展させていくべきか、気を引き締めています。

最近は、社員の既婚率が上がりました。
以前はほとんどが独身でしたが、年齢があがってきたこともあり、お子さんがいらっしゃる方も増えました。
社員が結婚をして、子供が生まれる。これは経営者としては嬉しいことです。

経営者である父がいつも言ってました。
「社員一人は、一人じゃない。後ろに5人はいる(奥さん、子供2人、親2人)。だから一人採用するというのは5〜6人の暮らしを背負うということだ」と。私も身が引き締まる思いでございます。

第31回 つくばマラソン(フル)

今年もやってきました。「つくば」です。

今年はダンナも出場します。
2人の自己ベストがほとんど同じになっちゃったので、これは夫婦対決でござる。ちなみにダンナは、まだ走り始めて1年程度、私は5年も走っておりまする。

家を6時半頃に出て、つくば駅には8時少し過ぎに到着。
歩いたり、小走りしたりして、身体をほぐしながら、会場である筑波大学に向かいます。
シャトルバスも出ているけど、私は「歩き」でアップを兼ねます。

昨年同様に、ゼッケンやチップは事前に家に届いています。
この方式は大変、助かります。大きな大会では受付するだけで一苦労ですから。
ゼッケン番号は「16864E」。

あれれ、今年は会場の様子が異なります。
更衣室は、例年は大学の建物を利用させていただいていたのに、今年はテントでした。後で仲間に聞いた話では、地震によって建物が破損しているところがあるらしく安全面での対処だろうとのことです。

そうでした、茨城県は何度も大きな地震がありました。
開催して頂けるだけでもありがたいのです。

男子と女子の荷物預けは異なりますので、そこでダンナと分かれて「女子荷物預け」に向かいます。無事に荷物を預けたものの、トイレがすごい長い列で、エエエ、これではスタートに間に合いそうにもないわ。

「他にトイレはないのかしら?」会場内をさまよっていると、マラソン完走クラブのお仲間にバッタリ。
「みなさん、あちらにいますよ」と教えて頂きました。多くの方がこの大会に出場しています。

私は、トイレを探してさまよい、別のトイレを見つけるも、こちらもすごい列。
ああ、ダメだ、こりゃ。

と、諦めかけた時に、隅の方に列を見つけたので行ってみます。
やはりトイレの列でした。少しは列が短いか?そちらに並びます。
「間に合うかしら?」と前後の方々と話しながら不安を分かち合い。

やっとトイレを出た時は、9時30分のスタートなのに、もう25分になろうとしています。
ジョグでスタート位置へ移動。
ハァ〜。

今年もここに立てたことに感謝します。
ダンナのお手製の「がんばろう気仙沼」を前面に貼付け、後ろには「おだづなよ 負けてたまるか 気仙沼」の文字入り「おだづなよTシャツ」です。

私のスタート位置は「E」です。
ダンナはもっと後ろの「G」。

たぶん、申込時の「予想タイム」か、それとも「過去の実績」かなにかで割り振られたのだろうと思います。

スタート位置に到着して、身体をほぐす間もなく前方で号砲のようです。
ようです、というのは、ここまで聞こえない(^ー^)。

それからソロリソロリと前に移動が始まり、スタートを切るまでに4分半程度かかったでしょうか。
これから42.195kmの旅に出ます。

前日に、マラソン完走クラブのメルマガを数回読み返していました。
電車の中で、もう一度、読み返し、
「前半にとばさない!」これを守って行こうと思います。

身体も重いし、ゆっくり、ゆっくり入りました。
1キロごとに距離表示があるので見てみると、あはは、遅いわ。
それでも、少しずつはタイムを上げて、5キロでは31分半だから、キロ6分以上かかっています。

いいのです、前半はゆっくりでいいのです。
この数日前から体調が悪かったこともあり、10キロまではとんでもなく長く感じました。10キロで止めてしまいたい気持ちが先に出ます。まだ10kmなのにー。

それでも10キロを過ぎたら、不思議と身体が軽くなりました。
ほぐれたのでしょうね。
20キロまでは、そんな感じで行こうと決めていたので、ゆっくりジョグで楽しく、楽しく。

沿道からも、後ろからランナーに追い越される時も「気仙沼がんばれよ」と声が掛かります。ありがたいです。

20キロ過ぎました。
中間地点の少し前に「折り返しポイント」があります。
そこを折り返すと、間もなくして、ダンナの姿を発見。
あら、結構、速いじゃない。

私ももうちょっと速めるか?
でも、ここからスピードを上げると、先が長いしなぁ。
いいや、このままゆっくり行きましょう。

29キロには、「お汁粉」があります。
数年前は、並んで待って頂いたお汁粉ですが、去年ぐらいからは待ちません。
甘くて美味しい〜。

給水は全部取ることにしました。ほんの一口だけでも飲んで、脱水を防ぐことにしました。脱水で貧血になることが恐いです。

他には、バナナとあんぱんがありまして、あんぱんを頻繁に頂きました。
エイドからも「気仙沼がんばって」と声をかけて頂きました。

そして、30キロを過ぎてから、オオ、まだ行けそうなので、ここからスピードを上げました。
30キロからスピードアップするなんて、そのことが嬉しい。
30キロを過ぎると、皆さんのペースがダウンするから、自然と何人も追い抜くことになります。それもまた気持ち的に良いですわ。

ルンルンと走っていると、34キロのエイドで、ダンナから声が掛かりました「がんばれよー」って、あれれ、追いつかれちゃった。そして、追い越された・・・。

ダンナもおだTを着ていますが、そのピンクがスーっと前の方に行ってしまいました。うーん、いつの間に速くなったのでしょうか。

私は自分のペースを守りつつ、それでも私も何人も追い抜きながら走ります。

そして、最後の「折り返し」への入り口に到達しました。
ここからが一番長く感じたのであります。行けども行けども「折り返しポイント」がない。長いわー。

そして、またダンナを発見。快調そうです。
私も折り返して、それから40キロを過ぎて、あと2キロ。
ラストスパートをしたい気持ちに身体がついていかない。

腕を振って気持ちだけでも前へ、前へ。
そして、ゴール。

手元の時計をとめると、わずかに自己ベストを更新したか?
ゴール付近で、「報知新聞」さんに取材を受けました。
金曜日の報知新聞に、乗るかもしれないそうです。

私の手元の時計では次の通り。
スタートまで:4:42
5km:31:29
10km:30:12
15km:29:57
20km:29:31
25km:29:35
30km:29:21
35km:28:10
40km:28:14
ラスト:12:18
———————————–
合計:4:13:36

正式タイムは、ネットで4:08:52でした。
これは自己ベストを1分更新です!

これまで「つくば」ではさんざんな結果ばかりでしたのに、初めてここで自己ベストを更新は嬉しいです。

しかし、、、なんとダンナは、私よりも4分半も速いタイム。
次はサブフォーを目指すとか言っています。

私は、毎年、1分でもいいから自己ベスト更新を目標にしていたので、今シーズンもそれを果たすことが出来て、嬉しい。タイムを見ても、後半にきちんと上げていけたのは何より嬉しいです。これもマラソン完走クラブから送られたメルマガでのアドバイスに従ったおかげ。

レースの後は、マラソン完走クラブの皆さんと、つくば駅前の「白木屋」さんで打ち上げ。楽しかった。ありがとうございました。

関気会の忘年会2011

気仙沼中学校29回生の同級生のうち、関東に住んでる人達と「関気会」という会を結成して、会っている。いつも本当にありがとう。あなたたちのおかげで、私はいつも元気に楽しく生きているのです。

それで、ちょっと早いけど、忘年会です。

銀座の「塩梅」さんで、飲み放題があるというので集まりました。
お店の看板のところにサンタさん。そーかー、もうすぐクリスマスなんだなぁ。

気仙沼から、ムラクミも来てくれていて、2次会には、同級生の妹のマリコちゃんも参加されるとのこと。少しずつ輪が広がってるように思います。避難中のスダやユウジ君も今年は一緒です。彼らは気仙沼市内の仮設住宅に入れなくて、目黒区が用意してくださった避難施設に住んでいるのです。

飲み放題付きで2980円は安いですよね。ここは銀座。
デザートはこちら。これ、気仙沼では「甘太郎」という名前で出てました。

またまた昔話に花が咲きます。リヤカーで、団子やさんあったね、シラス売りもいた「シラス、よござりますか〜」だったね。八百屋さんも来たよ。

楽しい話をかかえて皆さんは二次会の会場へ。

私はというと、明日、フルマラソンを走るので、後ろ髪を引かれながら1次会にて退散です。悲しー。

これはジュンちゃんの手作りをプレゼントしてくださいました。
A4が入るサイズってにくいですよね。
ジュンちゃん、ありがとう!大切にします。

「関気会」と29回生の文字「廿九」も良いです〜。

週刊 赤毛のアンの家/第3号

週刊 赤毛のアンの家は、もう6号まで発売されています。
密かに全部買っています。

しかし、私はというと、やっと3号をこしらえました。
これが、難しかった。

ドアが内側に開くはずなんだけど、開けると、ドアがバラバラに分解してしまいます。
作ってる途中でなんども、バキっといってしまいました。。。

なので、しょうがない。
「開かずのドア」ということにしてみようかと。はぁ〜。

写真には見えないけれど、ドアの両側と上部分は、ガラス(に見立てたプラスチック素材)をくっつけています。両面テープでとめるんだけど、これもなかなかに細かい。

ベッドとかイスは、最初からできた状態で届いているので、私が作ったところはわずかなのだが・・・(テン・テン・テン)。

次の号では、家の床を作るようです。先は長いです。