facebookをされている皆様、テレパス化粧品が発売を始めた「ATHLEQUE(アスリーク)」という日焼け止めクリームの facebookページが出来ました。
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昨日、Macで音楽クラブの皆さんとチャットしていたら、ひょんなことから「Macworld / iWorld 2013(San Francisco)」が開催されることを知りました。
うわー、行ってみたい!
「Mobile+Web DevCon」と、ほぼ同時開催のようです。
今日は30km走をするので皇居に参りました。
10時ちょっと前に桜田門に到着。
なにかの大会が行われているようで人が多いです。
駅伝ですね、マジ走でダダダーっと走って来て、ちょっと危ない。
私もランナーのはしくれですが、皇居で大会開催はもう無理だと思うのです。
観光の人もいるし、ジョギングもいる。
そんな中での大会はもう無理ではないでしょうか。
これを許可するところがあるので、許可しない、大会はしないという決断をそろそろするべきではないでしょうか。
それほどに混み合っている皇居ではありますが、なんとか30km(6周)いたしました。
結果はこの通り。
1周目:29:55
(給水15秒)
2周目:29:11
(給水14秒)
3周目:29:45(←知人に会って30秒ぐらい立ち話)
(給水+バナナ1:27)
4周目:29:08
(給水+バナナ1:24)
5周目:29:42
(給水+バナナ1:24)
6周目:28:07
——————–
合計:3:00:36
キロ6分でいこうと思っていたので、まずまずでしょうか。
ペースをきちんと測りたかったので、給水時間は別にしました。
ラストにペースをあげられて良かった。
それでも、このままではやっぱりサブ4は無理。
果てしなく遠いサブ4でございます。努力あるのみ。
「自虐の詩」の映画は、2007年に公開されました。
堤幸彦監督。
主人公が気仙沼出身という設定で気仙沼がロケ地になりました。
いまはなくなってしまった町並みがDVDには納められています。
震災後にも堤監督は何度も気仙沼に支援に行ってくださり、ドキュメンタリーも撮られています。
そのお礼を伝えたいと、日々思っていました。
それが本日かなったのであります!!!
皇居ランに向かってる途中、警視庁のビルの前あたりで撮影していました。
ちょうど信号待ちをしながら「ドラマかな?いや、ドラマにしては大掛かりだから映画だね」なんてダンナと話していて、見ると、監督椅子に座って画面を見ているのは、オオ!堤監督ではありませんか。
信号が青になっても、そのままそちらを見てました。
「堤監督・・・かもしれない」とボソボソ話していると、撮影が終了したようで、堤監督が椅子から立ち上がりました。
ダンナが「声を掛けてみようよ」とか。
「いいよ、迷惑だもの」と私。
それでも動かずにそちらを見ていると、なななな・なんと!
監督がこちらに向かって歩いてくるではありませんか。
ダンナが声をかけようと言いますが、躊躇する私。
と思ってる間にダンナはスルスルと近寄って、
「あのう、堤監督でしょうか?」
「ハイ」(ちょっと迷惑そうな顔)
「妻が気仙沼の出身で、お礼を言いたくて」
(監督の表情がパッと変わりました)
私がズズズイっと出て行って
「監督、自虐の詩、ありがとうごあいます。私、DVDも持っていて何度も見ています」と伝えると、
監督は「あの後、何回か気仙沼に行きましてね」
「ハイ、ハイ」と私。
「ドキュメンタリー映画もとりまして」
「ハイ!」と私。
「もう1本撮ってるんですよ」
「ありがとうございます!」と私。
「ずっとお礼を言いたかったのです。本当にありがとうございます」
私達のランの出で立ちを見て、監督は、
「ころばないように気をつけて」とハイ(私、涙目ですよ)
そうして握手をして頂いて、監督は立ち去りました。
日曜の朝の出来事でございます。
堤監督、本当にありがとうございます。
「CSS Nite Shift6」に参加しました。
場所は「ベルサール神田 2Fホール」です。
本日も満席。すごいですね〜。
内容はこちら。
・基調講演:長谷川 恭久
・マークアップ:益子 貴寛、小山田 晃浩
・アクセシビリティ:植木 真、中根雅文、山本 和泉
・ツール、電子書籍:鷹野 雅弘
・デザイントレンド:原 一浩、矢野 りん、坂本 邦夫
・スマートフォン:たにぐち まこと、矢野 りん、松田 直樹
・ソーシャルメディア:井出 一誠、大月 茂樹
・スペシャル(Windows 8):春日井 良隆
・スペシャル(CodeGrid)中村 享介、外村 奈津子、山田 順久
全てが本当にすばらしい内容で、この1年を締めくくりにふさわしいものでした。
PCからスマホへ移行しているWeb制作。
レスポンシブWebのこと、Sassなどの新しい書き方のこと、この1年のWebのトレンド、電子図書、ソーシャルメディア、もう本当に盛りだくさんでした。
今年最後のこの会には、東京以外からも多くの参加があったようです。
会場には机が用意されています。
ほとんどの方が、Macintosh、もしくはiPad。
Web業界のMac利用率は上がる一方ですね。
最後に講師の方々が並びました。拍手。
写真に治まりきらない(^^;
講師の皆さんの記念撮影。こちらも収まりきれてないから(^^;
今日は、13時半から20時までという長丁場、熱い内容をありがとうございました。
来年も宜しくお願いいたします。
坂東玉三郎の「日本橋」が日生劇場で上演されています。
そういえば、最後に歌舞伎を見たのは2010年3月です。
結婚してお芝居どころではなかったのですが、その後の震災で、本当にお芝居どころではなくなりました。
「日本橋」には気仙沼出身の斎藤菜月さんが新人として大抜擢されて出演されています。
見に行かなくては!(^ー^)。
斎藤菜月さんは、鼓動のメンバーとして活躍後、仙台のホテルに就職していたようです。
その時に、あの大震災。
鼓動とコラボレーションしたことのある玉三郎が支援を直接渡したいと斎藤菜月に会ったのが仙台駅だったとか。
その後で、玉三郎からの直接の電話で「出演しませんか?」というもの。
そんなシンデレラストーリーってあるんですね。
玉三郎のお席は、良い方から売れていきます。
SS席は18,000円でごじゃる。
どうせ見るならSS席だわ(プレミアム特典付きだし)。エイ!
ネットで席を見ると「残りわずか」とあって、ポチすると、あーら、SS席はたった1席だけ空いていました。
E26席(前から5列目)。
会場に付くと、プレミアムのおみやげを手渡してくださるテーブルがあって、私がたぶん満面の笑みだったのでしょう。渡してくださる方も笑顔。
席につくや、まもなく幕が上がりました。
最初は、髙橋恵子演じる「清葉」が、松田悟志演じる「葛木」さんにお酌をする場面。
美しい。
絵のようです。
清葉の、ゆっくりとした所作は玉三郎の所作そのもののように思いました。
そうして、玉三郎が登場して、江戸っ子らしい、粋な芸者の姐さんを演じます。
玉三郎のこういう役は本当にいいんです。
葛木さんに、甘えたり、すねたり、見事。
そうして斎藤さん登場。
玉三郎演じる「お孝」の妹分、「お千世」の役。
かわいらしい声で「姐さん、姐さん」と言って登場します。
まったくの新人さん。
よくまぁ、ここまで頑張りましたね。
声を出すことも、和服での所作も、すべてが初めてでしたろうに。
厳しい目で見れば、和服で小走りするところ、これって本当に難しいのです。
私は日本舞踊を習っていましたが、
娘役の走り方、お姫様がサササっと登場する時とは全然違うのですが、どちらにしても難しい。
それをさりげなくするのがプロで、そこのところはまだこれからですね。
そんなこんながあっても今後が期待出来ます。
華があるというのでしょうか。
そういうのは持って生まれたもので、玉三郎、髙橋恵子という中にあって、実に堂々と演じていました。
舞台は18時から始まって、間に2回の休憩があり、21時までです。
見応え十分。
幕間には、コーヒーとサンドイッチを食べました。
お弁当も売ってます。
歌舞伎などのお芝居は、出来ればお友達と一緒に行って、今見た舞台のことを話しながらワイワイ食事するのがいいのです。
さてラストシーンは、おもわず目頭が熱くなりました。
玉三郎も泣いていたのではないでしょうか?
勘三郎のことを思ってしまいました。
一つ一つの舞台が、役者さんにとっても大事であるのと同じように、観客である私にとっても大事なものなのだなぁ。
全体に、どこかがチグハグな気がしていて、それが何だろうと帰りの電車で考えていました。
玉三郎の相手役、松田悟志さんが、例えば市川海老蔵だったらどうだっただろう?そういう事なのかもしれません。全体にはよく演じていますが、格というのか、そういったものがチグハグに感じるのかもしれません。
永島敏行さんはよく演じられてました。
舞台でも本当に大きく見えました。
皆さんの役も、もう少し続けていくと、また違った印象になっていくのかもしれません。ファンはそれをシッカリと見ていきましょうぞ。
箱を開けると榮太樓飴でした。
父は榮太樓飴が大好きで、家に欠かしたことがなかったっけ。
とても幸せな気分になりました。
iOS6になってから、iPhone、iPadの「マップ」の使いにくさには、さすがの私もガッカリきておりましたが、本日「Google Maps」アプリがインストール可能になっていました(無料)。
ドレドレ。
インストール。
いいですね、いいですね、こうでなくっちゃ!
昨晩は長野駅前のビジネスホテルに泊まりました。
朝はゆっくりで良かったのに、テンションが上がっているのでしょうね、早くから目がさめまして、ゆっくり朝食。そうして、長野駅周辺をブラブラ歩いてみました。
小布施は「小布施の特徴を出す」という町づくりをしているのに対して、日本の多くの町は「どこにでもある感じ」ですよね。
ここが長野であるということは「善光寺」の看板を見ればわかるけれど、全国のチェーン店を見るにつけ、ここがどこかわからない。
地方都市はそれでもいいけれど、気仙沼のような小さな町はそれにならっていてはいけないのだと思った次第です。
気仙沼は漁港です。
漁港らしさを町全体に出すには?
そういった建物をデザインするには?
魚町は震災でほとんどの家がなくなりました。
再開発するなら、いまがチャンス。
私自身がもう少し勉強して、それでも猶予はないのだから、早めに魚町の人達と一緒に再建したいと思っているのです。
本当に微力ですけれど。
被災してしまった「気仙沼の町づくり」、私なんぞがドーノコーノ言ってもしょうがないのですが、なかなか進みません。
私の実家があった魚町の計画も、具体的なものは見えて来ません。
本当に気のもめるものです。
「どうにかしたい、どうにかしたい」と話していたら、知人が「オヤマさん、小布施の町づくりが参考になりますよ」と話してくださいました。
「セーラが町にやってきた」という本を読み、
これは行ってみよう!と思いまして、飲み会の時にそんな話をしていたら、その時ご一緒した知人も「一緒に行く」と言ってくださり、期せずして3人のミニ旅行となりました。
私は、夜の「小布施ッション」も参加するので泊まりますが、お忙しいお2人は日帰りです。
そこで、東京駅発7:24の長野新幹線「あさま」に乗って出発!
長野駅で「長野電鉄」の乗り換えます。
特急に乗って「小布施」で下車。
郵便局の看板にも木材を使っています。
やっぱ、こういう事なんだなぁ。
長野で一番大きい「八十二銀行」や地元の「信用金庫」も、外観からは銀行だとは思えない木造り。町全体が「小布施をこうしたい」と言ってる感じです。
こちらは、その立役者でもある「小布施堂」さん。
栗のお菓子を販売しています。あとからまた参ります。
「高井鴻山記念館」
葛飾北斎を招いたのが高井鴻山。
高井鴻山は小布施堂、桝一市村酒造場を経営する市村家の12代当主。
そのお屋敷は、火災によって多くを消失してしまったそうですが、いくつか残った建物をこちらに移築したようです。
この建物は当時のままに残されているそうです。
よくぞ残りましたね。すごいことです。
こちらのお琴のような楽器は1本だけ弦が張ってあって、その前に置いてある楽譜のようなモノの通りに、弦をはじいてみると、「さくら」を弾くことが出来ました。
普通にさわらせてくださっています。
高井鴻山は葛飾北斎のために「碧漪軒(へきいけん)」を提供したそうです。
その場所がどこであったか不明だということですが、こちらに当時のままに移築されました。
高井鴻山記念館の建物を出ますと路上に昔の郵便ポストがあります。
この形は愛らしいですよね。雪をかぶった姿がまた良いです。
効率化を考えると今の方がいいのでしょうけれど。
土産物店が並んでいる一角がありました。
平日というのに、団体さんがいらしてました。
冬の平日に観光客がいらしているなんて、田舎にとってはうらやましい限りです。
こちらは「どんこ」というものだそうです。
右側に見えますか?椎茸のお化けみたいな大きさのもの。
それを30時間水につけてもどして、砂糖と醤油と、戻した時の水で煮込んだのがこちら。
美味しいですね。ドレドレ、お土産に買いましょう。
あちらに見えるのは「桝一客殿」という宿です。宿には見えませんよね。すごい。
ランチは「蔵部(くらぶ)」を予約してくださいました。
文字通りに「蔵」を改造してレストランにしたもの。
3人で別々のメニューを頼んで、シェアしました。美味しいです!
昼間っから(^ー^)、「スクエア・ワン」というお酒を。
知人がセーラさんにアポイントを取ってくださっていて、席にいらっしゃいました。
席にいらっしゃるや、パワーがすごい。
いま「農業」を始めていて、これからの計画は「こうでああで」、それには「こういう事が足りないのです」と始まりました。
知人達が「ああ、それなら、こうしてはどうか」とアドバイスすると、パっと顔が輝いて、「それなら出来るかもしれない」と。
小さなチャンスも逃さないのですね。すごいなぁ。
でも、声はかわいらしいし、女性としてもかわいい方です。それなのに、次から次に「計画」が出てくるのは、この人の「創造力」「実行力」の大きさ。
忙しいセーラさんの携帯電話はしょっちゅう鳴っていました。
セーラさんに別れを告げて、「北斎館」に参りました。
小布施の町づくりが始まったのは昭和51年に、この「北斎館」を作ったことから始まったそうです。写真を撮るのも忘れて見てました。
北斎が80歳を過ぎてから描いたという「神輿の天井画」などが展示されていて、その存在感に圧倒されました。
北斎館から出て、ちょっと遠いけれど「岩松院」にも行きましょう!
訪れてみて知ったのは、このお寺は福島正則公の菩提寺だということです。
こちらのお寺の天井に北斎の天井絵「大鳳凰図」があるのです。
この絵が実に力強く、私はこの旅で最も印象に残りました。
これを描いた時の北斎の年齢は89歳。
圧巻。
パワー頂きました。
このお寺への往復は歩いて行きました。あっちにブラブラ、こっちにブラブラで片道30分くらいかかったでしょうか。車でサーっと行ってしまっては気がつかない空気感というものを存分に堪能しました。
駅に隣接して観光案内とともに、ちょっとお茶を飲むところがあります。
こういうのを気仙沼駅近くにも作りたいものです。
駅隣のトイレも快適なもので、便座は暖かくしてありました。気仙沼が観光に力を入れるのであれば、私は、まずは「トイレの整備だ!」とずっと言い続けております。これは特にご年配のご婦人にとっては大切なもの。
今回、ご一緒いただいたお2人を駅で送りまして、私はまた小布施堂に戻りました。
もう一つの目的「小布施ッション」に参加するためです。
小布施堂の工場の3Fの会議室で、本日の小布施ッションがあります。
毎月ぞろ目の日に開催されているそうで、平日でどのくらいの人が参加するのでしょう?と思いながら参りますと満席です。小布施以外から参加される方が多いそうです。
講師は内藤耕さん。
ホテル・旅館を例にして、「これからいくらでも生産性を上げられる」という力強いお話。
私の会社の人達にも聞かせてあげたい、元気が出る内容でした。
その後は懇親会というかパーティです。
ウェルカムドリンクは卵酒。
お酒は桝一酒造さんのもの、お料理は蔵部で作られたのでしょうね。
美味しいお料理を食べながら、色々な方とお話をしました。
気仙沼唐桑町に「Tシャツのアート」の支援をしてくださった方もいらっしゃいました。
小布施堂の社長さんは震災前に気仙沼を訪れたことがあるそうで、皆さんがお元気かと心配されていました。
気仙沼の寿司店「たに口」のダンナさんが長野県出身というご縁からどうで、
「あら、奥様は私と同級生なんですよ」と話すと驚かれてました。
そんなお話を食べながら、飲みながら。
講師の内藤さんともお話をさせて頂きました。
内藤さんも「気仙沼に行きましたよ」と。
その後、気仙沼に関する辛口コメントをたくさん頂きました。
逆に言うと、それらを改善していくことで、良い町が出来るものと思ったところです。
気仙沼は、その辛口コメントを真摯に受け止め、改善していくことが必要ではないでしょうか。
ある方に「小布施はどうして町づくりに成功しているのでしょうか?」とたずねると、
「外の人とつながったこと」と話されました。
「小布施の人が、こうしたいという骨子を考え、その手段として外の意見を取り入れていったこと、そうして、それは今も続いているんですよ」と。
お名刺を交換した方の何人かは小布施にお生まれではないけれど、ここが気に入って住んでいますと。外からの人をちゃんとお迎えする土壌があるのですね。
あっという間に22時を過ぎました。
長野電鉄・長野行きの最終は22時半。
2次会は遠慮して、長野に行く方々と一緒に駅まで歩きました。
路面は凍り始めていてすべりますから、おそるおそる歩を進めます。
たくさんのパワーを頂きました。
気仙沼に役立てたいことがたくさんあります。
皆様、本当にありがとうございました。
今年最後の「気仙沼サポートビューロー(KSB)」の定例会がありました。
飯田橋のルノアールの会議室です。
さすがに師走ですね。いつもより参加人数は少なめです。
目黒の方が差し入れをしてくださいました。ありがとうございます。
美味しい!
「御門屋(みかどや)」さんの「揚まんじゅう」です。
来年の計画(案)とか、今年は正会員しかなかったけれど「賛助会員」を設ける方向での話し合いをしました。今日は参加人数が少ないので(案)としてまとめたので、年明けには決まっていくものと思います。
それに付随した年会費の見直しなどもしました。
なるたけ多くの方にご参加いただける会にしていきたいものです。
2次会は近くの沖縄料理店「島」さんです。
食べました、飲みました。
今年もありがとうございました。
来年もどうぞ、宜しくお願いします。