もうやんカレー

ぐー、9月ですよー。早いっすね。
西新宿の「もうやんカレー」に行く。
西新宿に事務所にあった頃はよく行っていたが、店舗を増やし、メニューも増えていて、おいしい。

4人で行ったので、(カレー以外の)つまみ系をあれこれ頼んでみる。
「きのこチーズ焼き」はテーブルに運んだ後で、チーズ部分をバーナーで焼いてくれる。焼き終わると花火に火を付けてくれるので、見た目も楽しく、そして、おいしいー。

大根カレーの八分盛りを注文する。
女性には八分盛りがちょうど良いかも。

私達は6時の開店とともに中に入り、追加注文をし、コーヒーを飲んでおしゃべりして店を出てみると、ヒエー、長蛇の列が出来ていた。すごい人気なのねー。そうとは知らずに長居してしまってすんません。

Ajax

HOWS社にてAjaxを学んでいる。
Ajaxを習得しようと他の企業からも、若い技術者の方がお越しになっている。
皆さんのビジネスにいかに、この古くて新しい(?)Ajaxが取り入れられていくのか、アイディア勝負かもしれない。おもしろい。

読書:フォワードなき日本格差社会

本日、朝の新幹線で東京に戻る。新幹線では弟から借りた本を読む。

「フォワードなき日本格差社会」二宮清純・著。
フォワードなき日本格差社会

二宮清純氏と木村剛氏の対談で話は進む。
サッカーワールドカップの「日本にはフォワードがいない」ということから、サッカーだけではなく、日本社会全体が同じような状況だという話へと続く。

「教わらないと不安というのは決断回避」
これは、日本社会全体の問題になると思うんですが、日本人って「教わらないと不安」という面がある。自分で学べばいいのに、教わらないと不安に陥ってしまう。「ジーコは試合を見にこない」と怒っていたクラブ関係者もいたが、「見にくるよう要請したか?」と聞くとアポさえ入れてなかった。「先生は常に助けてくれる」と思っている。

最近では良い学校を卒業した人に出ているように思う。塾が完備され、「効率的な学習方法を学ぶ場」がある。

以前は国立大学は「苦学生」という言葉が似合った。
子供の時は原っぱで、何もない空き地で、工夫して遊ぶということから始まり、効率的な学習方法も自分で生み出す。大人が子供の遊びを整備しすぎるのは創造力を高める時期を逃すような気がしてならない。何もないところでも、子供は遊びを見つけ出す天才だ。

「名監督は名シェフであるべし!」
面白いのは、トルシエを生んだフランスでは、「名監督は名シェフだ」と言うらしんんですね。また、「今ある食材で一番いい料理を作るのが『名シェフ』だ」と。

中小企業などは本当にこれです。
いい人材は大手企業にいってしまう。そういう事を嘆いていては何も進まない。だから、今ある素材を一番に育てる。難しいんですけどね。だから私は経営する中で大事なことは教育だと思っている。しかしながら、なかなかうまく進まないのも事実でして。

叔父の葬儀

菩提寺の宝鏡寺で営まれた。
大勢の方にお越しいただきまして、本当にありがとうございます。

葬儀の為にいとこ連中13人・全員が集まった。
大人になると全員集まるのは珍しい。
みんな立派な大人になったなーとババくさいことを思ったりする。
子供の時はみんなで大谷海岸に行ったっけね。楽しかったね。

私は線香の煙なのか、それとも疲労なのか、なんだかわからない頭痛が出てしまい、本日、東京に戻る予定が一日ずらすことにして、夜は寝ていた。

気仙沼地方の葬儀

お葬式の仕方は地方によって異なる上に、各家庭によっても異なる慣習があるので難しい。
慣習を変えるのは親戚連中を説得しなければならず、場合によっては皆を敵にまわすことになる。こういった緊急事態の場では避けたいもので、「前はこうやった」という事に従いつつ、若い喪主がわずかに新しい事を取り入れ、まぁ、そうやって微妙には変化しているのだろう。

気仙沼地方では、告別式の前に火葬をする。
このことを東京で話したら、ことのほか驚かれた。

つまりこうだ。
人が亡くなると、まずは自宅で仮通夜といってごく親しい人だけに「お知らせ」してお越しいただく。火葬許可がおりると火葬をする。火葬許可が降りるには24時間過ぎてから、と決まっているから、その間が仮通夜ということになる。ここで御日柄が悪く、友引にでもなろうものならば、日を改める。

火葬には、親しい人などが集まる。
火葬した遺骨をそなえて、本通夜となる。
その後に告別式。

こういう段取りだから、東京の葬儀よりも長くかかる。

聞いてみると、同じ宮城県であって仙台では告別式の後で火葬するようだから、気仙沼地方の慣習のようだ。その理由はハッキリとはわからないが、海の事故で亡くなると、遺骨なしの葬儀になってしまうから、まぁ、そういうことからこうなっているのかなとは思う。

本日、叔父の火葬と本通夜が執り行われた。

読書:これからはあるくのだ

「これからはあるくのだ」角田光代・著。
これからはあるくのだ

前から気になっている作家・角田光代氏の本。まずはエッセイから読んでみようと思った。
本のタイトルにもなっている「これからはあるくのだ」は、たまたま前方から歩いてきた老人がころんでしまった時に、角田さんが乗る自転車を指差し「猛スピードでぶつかった」と事実と異なることを言い、そんなことから、二度と自転車に乗るまいという決意し、「これからはあるくのだ」となる。

その様の描写が活き活きとしていて良い。
小説も読んでみたい。

叔父・亡くなる

父の弟(三男)が亡くなったと知らせが来た。
今年の正月明けに倒れてから意識がなく、家族が付きっきりで看病したものの帰らぬ人となってしまった。

私が子供の頃、叔父が結婚する前は一緒に住んでいた。
叔父は新しいもの好きで、そういう点は祖父に似た。

叔父のカメラのおかげで私の赤ちゃん時代の写真は豊富にある。
8ミリカメラを買っては撮影をし、夜は上映会を行った。
家業に早くからパソコンを導入したのも叔父によるところだ。

叔父は口は悪いが心根は優しい人だ。歌が好きで、キチっとしている。
それでいてパチンコが好きで、煙草は最後までやめなかったらしい。

数年前に大病をし、「手術も出来ない」と言われたようだが、化学療法で奇跡的に手術可能な状態になり、手術をした後は奇跡の復活を成し遂げたが、今回ばかりはそうはいかなかった。
正月休みに娘が帰ってきていたから、ホッとしたのかもしれない。

一人また一人といなくなってしまうのは本当に寂しくて悲しい。

ふるさと気仙沼を愛し、マラソンやMacのことなどを書いています