「気仙沼と家族」カテゴリーアーカイブ

目黒のさんま祭

数日前の天気予報の「曇り」はハズれて晴天。気温は高め。暑い。

そんな中、「目黒のさんま祭」にお越しいただいた皆様、ありがとうございます。
目黒区のスタッフの皆様、大変お世話になりました。
気仙沼から夜を徹して来てけだ皆様、ホントにお疲れさんです。

今年も盛大に楽しく終了しましたぁー!

仙台テレビの取材の方、最後まで取材してくださり、ありがとうございます。明日の4時から放映されるようですから気仙沼の皆さん、チェックしてけらいね。

我々、気仙沼中学校29回生(+階上中のK子ちゃん)は、Jちゃんお手製のそろいのTシャツと前掛け、さんまグッズを付けてがんばりました。

気仙沼に帰るバスを見送る時には、気中校歌「平和のしるし、波安のー」を歌ってのお見送り。

スローな食に、スローな家。(いつも拝見しております)」のご家族の皆様、お会い出来て嬉しがったです。

気楽会の気仙沼日記(いつも拝見しております)」の方にもお会い出来て、イヤー、気仙沼ホルモン、Katari Barには感心しております。

気仙沼サイコー!

我々、関気会(気中・同級生)らは、その後の2次会、カラオケの3次会と進み、先ほど帰宅。充実した一日でした。

小太郎、サンマ臭いかい?

語り継ぎたい気仙沼弁

どうやら、今の20歳前後の若い気仙沼の人達(私の子供世代)は、気仙沼弁を知らぬ世代になってきたようだ。それはいけない。

理由は明らかで、親である我々世代が使わなくなってきたからだ。

なぜか?

TVの影響もある。そして全国統一的に使う学校の教科書と画一的な教育にもある。

例えば、「まなぐ」これは「目」のことで、「まなぐあげろ」は「目をあけて」で、私の父は普通に使った。しかし、我々世代は「まなぐ」を使わなくなってしまった。

学校では「目」を指して、「め」とも言うし、「まなぐ」とも言います、なんて教育はない。

それがもう一世代下にいくと、じいちゃん・ばあちゃんと同居しない子供たちにとって、それは死語になる。次世代に語り継がれない。

これでいいのか?

東北においても、仙台や盛岡のような都市部では標準語で話しているらしい。これでいいのか?

その昔、東北出身者が「ズーズー弁」といってバカにされた悲しい時代があったから、これを否定してしまったのかもしれない。

私たちは毅然とした態度で、気仙沼弁の良さを後世に残すのだー!
標準語では表現しきれないビート感がある気仙沼弁を生で聞きたい方は、今週末の「目黒のさんま祭」にお越しください。

非常勤講師の日

気仙沼の「東北福祉情報専門学校」にて情報ビジネス科2年のクラスの非常勤講師を務める。
今日は、より実践的な内容にしてみました。
若いと覚えが早いのー。
授業が終わると、ワオ、もう汽車の時間で、あわただしく家を発つ。
今回(も)母と語らう時間はほとんどナシ。母も元気そうでなにより。

気仙沼の夜

また気仙沼でごじゃいます。
夜に到着して、それから南町の「さむらい」で友人・知人らとの飲み会に。

「バババ、サササ、ヤヤヤ、マママ」で盛り上がりー。
(これ、気仙沼の人にしかわからないよね、ごめん)。
楽しい夜でゴザル。

従姉妹が母に

従姉妹のU子ちゃんに赤ちゃんが生まれたと連絡があった。
男の子!おめでとー!
すごーーく嬉しい。

だって、U子ちゃんが生まれた時、病院から(実家である)我が家にやって来て、その小ちゃなU子ちゃんが(って、今はステキな女性に成長してるんだけど)お母さんになったんだから、ホント嬉しい。おめでとーーー!!!

副大臣が決まったそうで…

おバカな夢の話なんてしている場合じゃなくて、同級生の「いっちゃん」こと小野寺五典君が外務副大臣になったとニュースを見て驚いた。

難しい時代に外務副大臣とは、やりがいもありましょうが、大変ねー。私達も若ぐはないがらっサ、身体に気をつけて頑張ってくだれぃ。

とはいえ、安倍内閣がいつまで続くのかわからない。
「長くは続くまい」という見方が多いのでは?
前に比べれば、しっかりと固めてきたと思うのは、この副大臣選出においても、各派閥から文句の出ぬような人数で固められているのを見て思うわけで、つまらないと言ってしまえばそれまでだが、とにかく自民党内はまとまろうという事か。あとは安倍さんのリーダーシップが、あるのか、ないのか。問題が山積みだが、議論すべきところは議論しつつ、決めるべきところは決めて、前に進んで欲しい。

叔父・一周忌

叔父の命日。
まだ叔父が亡くなったという事実を受け止められない。
東京で、叔父に似た人を見かけると「あれ、東京に来てたの?」と思って声を掛けそうになる。

一周忌。
早いような、この1年がおそろしく長かったような、不思議な気持ちで過ごしている。この数年の間に、大好きな身内があいついで亡くなってしまった…。

気仙沼ホルモンまつりは盛大だったようで…

気仙沼「エースポート」で行われた地元のお祭り(気仙沼ホルモンまつり?)が盛大だったと母から電話があった。

というか、ここは私が子供の頃から「地元の盆踊りの場所」であり、当時(1960年代、1970年代)は、住民の数は多いし、南町は一番の繁華街であり、かなり盛大な盆踊りだったように記憶している。

しかし、母が言うには主催者(?)の婦人会からは8人くらいの参加者しかなくて(皆さん、足腰が弱ってらして大変なのです)、あとは「若い人達が盛り上げていた」ようだ。もしかしたら、主催者も若い方に移ったのではないかしらん>母へ。

気楽会の気仙沼日記」には、「気仙沼ホルモンまつり」と書いてあり、その集客力がすばらしかったと言えよう。あーあ、気仙沼にいたら、真っ先に馳せ参じたいという衝動にかられつつ。気楽会の皆さん、がんばってるのー。

<参考サイト>
スローな食に、スローな家。:思い思いの輪になって
・宮城県気仙沼市より:気仙沼ホルモンまつり

深刻・松くい虫による被害

先日、気仙沼でタクシーの運転手さんに「松くい虫による被害」について教えていただいた。「松くい虫」はニュースで見た気がするが、東京にいると身近に感じることがなかった。

気仙沼にも被害が拡大していて、松が次々に伐採されている。風景がすっかり変わってしまったところもあって驚いた。

「自然を大切に」と、口で言うは容易いが、実践するのは難しい。
たとえばエアコン。

私が学生だった1980年前後、東京でもエアコンを利用する家庭は少なかった。それから30年の間に、一人暮らしの部屋にもエアコンが付いている。

そして、、、
気仙沼の家庭にもエアコンが入り始めた。
私の実家は海沿いにあるので、日中も涼しい風が入るものの、すぐ裏の通りでは、その風が入らない。車のエアコンの快適さに慣れてしまった人達は家にも取り付け始める。

こうしてドンドン地球に優しくない状況になっていく。

かといって、東京でエアコンのない夏は考えられない状況だ。いったい、どうしたらいいんだろうか?

七ヶ日(なのかび)

気仙沼地方の習わし「七ヶ日(なのかび)」で、叔父宅と、祖母の実家に行く。

「なのかび」というのは、8/7に、初盆の家に仏さんを拝みに行く風習。

祖母の実家(「鶴が浦」の高台にある)は、海を見下ろせて、目の前に大島が見える絶景地。
こういうところで暮らすと長生きする気がします。
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明日まで気仙沼にいる予定だったが、予定が変更になり、急遽、東京へ戻る。
あわただしく、仙台駅で弁当を買って新幹線に乗る。
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あーあ、このまま気仙沼にずーっといたいなーと思いながら、東京へ。
大宮を過ぎると、それなりに脳が東京モードに変わる。
明日の仕事の段取りを考えながら東京駅を降りると、私もそれなりに東京の顔になっているのかなー?