気仙沼ビューローの定例会がありました。
東京に疎開している母は、お友達がいなくて寂しい毎日。
ビューローに連れて参ることにしました。
丸ノ内線・四谷駅で待ち合わせ。
母は、一人で新宿までは行けるようになりました。
「新宿では降りないで、四谷で降りてね」
「大丈夫!」と母。
昔々、私が短大に入学する際に、ニューオータニに泊まりまして、四谷や赤坂見附周辺を何度も散策した事を、母はとてもよく覚えています。
「四谷はわがってっから」と自信満々なので、私もつい
「ほんでは、改札まで来てね」と言ってしまった。
四谷駅で待つ・・・・・・・・来ない。。。
母から電話が来た。
「もしもし・・・」
「もしもし〜〜」もしもし、もしもし、もしもし〜〜〜〜〜!!!
・・・切れた。
不安がよぎる。
もしかしたら、あっちの改札に出たか?
あっちにウロウロ、こっちにウロウロ。
こちらから電話してみると、話し中だったり、電波が届かないところにおられるか、だったり、呼び出しているのに出なかったり。
あ〜〜あ、20分ほどだろうか。とても心配になりました。
すると、母が登場。
なにごともなかったかのように、電車から降りました。
「どうだった?」と私が聞くと、
「大丈夫」と、言葉とは裏腹にちょっと元気ない。
よくよく、よくよく聞くと、「四谷3丁目」で降りてしまって、地上でウロウロ。警察で聞いてもう一度、電車に乗り直したようだ。
母は、目が不自由なこともあって、車内アナウンスだけが頼りだったのですね。
「次は四谷(3丁目)」の四谷に反応したようです。
母はチャレンジャーなので、めげずに闊歩しております。
さて、気仙沼ビューローには、母が幼い頃に住んでいた太田7区出身が数人いらっしゃいます。もっとも皆さんは母よりも5〜6歳年下ですけれど。
定例会の会議中は黙っていましたが、2次会では皆さんの話の輪に入れて頂いて、本当にありがとうございました。