女子大の寮はいま…

ダンナは用事があって出掛けました。
特にすることもない。あ、そうだ!歩いてみよう〜。

新中野駅から3つ目の駅「南阿佐ケ谷」から徒歩10分くらいのところが、東京で最初に住んだ場所です。そこに行ってみましょうゾ。

青梅街道をテクテク、テクテク。
毎年、一度、走っているが歩くことはない。

隣の駅の間は走ることがあるから見慣れた風景。それから先は見慣れぬ景色。テクテク、テクテク。

そして、「南阿佐ケ谷」駅にたどり着き、ここで左に曲がります。あの時に通学路に忠実に歩いてみたい。

しかし、しかし、、、見慣れぬ風景。

その昔、いまから37年ほど前は、大きな家が立ち並び、朝はお迎えの車があちこちで停まっていた。そんな大きな家は大きなマンションに姿を変え、道幅も少し広くなったような気がする。道幅は、果たしてどうなんだろう?広くなったのか?そのままなのか?

当時もあったであろう古い家も少しある。都内にしては大きな家と庭。豊かさを感じる。

行けばわかるだろう、くらいに思って行ったのだが、全然わからない。でも、きっとこっちだろうと歩いてみます。通りが終わったところというか、次の通りにぶつかった辺りに「須賀神社」がありました!当時もありました。懐かしいわぁ〜。
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すぐに「都立杉並高校」が見えます。あってる。この道じゃ。
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そして、そのちょっと先にあるのだが、間違えて、グルーっと一周まわりました。共立女子大学の寮。こちらが正面玄関。
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あの当時は建物のまわりをバラが囲っていて、不正侵入でもあろうものなら、バラのトゲに阻まれたものと思います。見事なバラの様子はなく、中をのぞき見出来る感じ。と言っても内部はシーンと静まりかえっていて、中をのぞこうという気持ちも起きない感じ。

37年という歳月が流れたのですね。

駅までの道をあの日と同じように通ってみると、オ、左側に新しく出来た寮がありました。ちょうど、中に入る女性がいて、こちらの生徒さんですかね。いまは立派な寮にお住まいです。ここも以前は普通の民家だった場所ではないかしら?大きな家が多かったんだなぁ〜。

寮の正面玄関から南阿佐ケ谷駅まで時間を計ってみると、ちょうど10分でした。そこからJR阿佐ヶ谷駅も、たぶん10分かかるでしょう。そうして合わせて20分を往復していました。若かったなぁ〜、元気があったなぁ〜。いまとなっては、懐かしき思い出です。